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第5話 ハプニング
「じっとして。」
「えっ、は? いや、ちょっ……!」
遼は俺の黒い上着を器用に脱がし、軽くではあるものの抵抗する俺から剥ぎ取る。
このまま襲われるのか?遼に?と頭の中で考え、顔がどんどん熱くなる。だとしても、急すぎて意味が分からないというのが率直な意見だが、今の俺にそのような冷静な意見は口から出てこない。
「な、なんっ……」
すかさず遼は自身の左手で、困惑してなお喋ろうとする俺の口を塞いだ。それから自身の口元に人差し指をそえ、「静かに」というジェスチャーを送ってくる。
何がなんだか分からないが、とりあえず下手なことをしなければいいのだと思い、彼のジェスチャーに対しおそるおそる首を縦に振った。
それが正解だったようで、彼は俺の口を塞ぐ手を離し、ゆっくり後退してから、俺から剥ぎ取った上着を眺め始める。
「……」
数秒間、上着を見つめたのち、遼は上着からなにやら黒いピンに小さな円形の物体が付いてる何かを取り出した。それを手に、上着は置いて彼は部屋から出てどこかへ行ってしまう。
「なんなんだ……?」
小声でそう言いながら、一度だけブルリと身を震わせ、四つん這いになって慎重に上着を引き寄せる。やっと上着を手にしたその瞬間、部屋の扉が開き、俺は思わず身を弾ませギュッと上着を抱きしめた。
「あ、ごめん。」
「っ……!」
遼のいつもの声色と放たれた言葉に、みるみる体温が上がっていく。
今の俺は上着を剝がされた上、扉が開くのに驚き、引き寄せた上着を抱きしめている。その様は、まるでお化け屋敷で出て来たお化けに驚き泣きつく子供のよう。最高に滑稽 だ。最悪なまでに。
羞恥心で顔を背けた俺に対し、それでも遼は近づいて目の前に立ち、先ほど持っていった小さな黒い円形の物体がついたピンを見せる。
「これ、見て。」
彼はピンの円形部分を指さす。
よく見てみるも、変な形をしているということ以外は分からない。だが、このようなものを身に着けてる覚えもなかった。なので、俺は全く分からないと首を横に振る。
「これは、面白い形の盗聴器。」
「へ?」
「うん。」
彼は相変わらず読めない真顔で、とんでもないことを言った。
盗聴器?冗談にしては笑えない。冗談を言うならば、もっと簡易的なびっくり箱のようなものを用意するだろう。遼はそういうタイプだ。つまり、これは本当の盗聴器であり、それが俺の上着についていた、ということになる。そして、これは俺にも見覚えがなく、確実に誰かが仕込んだもの、ということにもなる。
しかし、わざわざ盗聴器など付けられる覚えはない。つけるにせよ、なぜ、どうして、誰がやるんだ?
そんなこんなで考えを凝らすうちに、遼はどこかから持ってきたマイナスドライバを盗聴器に使おうとしているところを見て、慌ててドライバを取り上げた。
「ど、どっから持って来たんだ!?」
「自前。」
「なぜ!?」
「解体したい。」
「ダメだダメだ。証拠品を勝手にいじったら壊れる。」
「水に浸したからもう壊れてる。」
「あぁ、既に証拠品としての価値が地の底まで沈んでんだな。」
俺はマイナスドライバを床に落として頭を抱える。遼は床に転がったマイナスドライバを拾い、何事もなかったかのように再び盗聴器の解体を始める。
もし、このように盗聴器があった場合、犯人の指紋が付着している可能性があるため、水につけたりして汚れを拭き取ってはならないのだ。というか、犯人がリアルタイムで聞いているのであれば、こうしてバレたことは明確に認知されてしまっているだろう。色々と手遅れかもしれない。
仕方ない、と吹っ切れた俺は、解体して興味津々にパーツを眺める遼の方へ顔を上げる。そして、疑問に思ったことを口に出す。
「なあ、なんで盗聴器だって分かったんだ?」
それを聞いて、遼は動きをピタリと止める。間を置いて、彼はゆっくりと口を開いた。
「途中から、変なのが付いてるって気が付いたから。」
「――本当に?」
「うん。」
「そうか。」
どうやら、遼の言葉は嘘ではないようだった。直感に近いが、遼は嘘をつくこと自体あまりしないし、めんどくさがり屋で嘘を嫌っている方だと思っている。返事に濁りも感じられない。とはいえ、変なものがあるだけで盗聴器だと推測できるとは思えない。
いや、遼を疑うべきではない。疑いたくは、ない。それより追及すべきなのは、盗聴器を仕掛けた犯人だろう。だがしかし、俺には全くもって心あたりが無い。まだ情報が足りないと言える。
「あ、じゃあ、遼。」
「ん?」
「こんなこと、聞く方がおかしいと思うが……それ、心当たりはあるか?」
「……」
聞いた途端、彼は沈黙を示した。最初は考えてるだけと思ったが、どうにも答えそうな気配がしない。
質問から少し経って、遼は俺から視線を逸らして口を開く。
「さあ。」
返ってきたのは、その一言だけだった。
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