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第6話 大学
最近になって、やっと気が付いたことがある。それは、俺はどうやら”ストーカー”されているということだ。
あまり気が付きたくなかったが、あの一件以来、足音が二重に聞こえたり背後から気配を感じるようになった。振り返っても犯人は分からず、始めは自意識過剰による勘違いかと考えたが、盗聴器が出てきているためストーカーの可能性は否定できない。というより、ほぼ確定だろう。気配がある場面は限られていた。勘違いにしても、おかしいことは直感的に感じ取れる。
今日とてその気配を感じながらも、気が付いていないフリをしつつ大学へ向かうのであった。
俺と遼は大学の情報科を専攻している。そして、晴人も。
俺が情報科に入ったのは、IT系が一番手広く使えるスキルを手に入れられると思ったからだ。他で言うと、自分に合ってるとも思った。一人でプログラムとにらめっこするのは、案外好きな方だから。
遼が入った理由は、詳しくは分からないが元々情報・IT系に興味があることだけは聞いている。高校が工業系で、そのときは情報系に関しての授業は軽くしかしていなかったのだとか。
そう考えると、遼と同じ高校に通っていたという晴人も同じく工業系出身ということとなる。それがなんだという話だが、はっきり言ってイメージが湧かない。同じ学部であるためPCに打ち込む姿も知ってはいるが、なぜ情報科を専攻しているのだろうと思う。有象無象の人間、その中でも猿に近しい種族は理由が似たり寄ったりだ。しかし、晴人は遼の言うとおり猿と違って人間性は悪くない。接触した数回、俺はどれも塩対応をしたはずだが、あの犬っぷりだ。アホかただのお人好しか、いずれにせよ圧倒的光属性は言い得て妙である。
「はるはる~!」
「ん~? どうしたの?」
「ねえー見てみて、これ可愛くない?!」
講義の始まる数分前、晴人とその取り巻きの女が会話をしているのが耳に入る。どうやら、女がなにかの写真を見せて晴人と共有しているようだった。
「わあ! 可愛いね~。前言ってた子犬ちゃん?」
「そうそう! いっつも私の足に飛びついてさ~……」
女がベラベラと一方的に話し、晴人はそれにうんうんとニコニコしながら頷いて聞いている。
どうにもああいう人間関係は苦手だ。ああいう女も、興味のない身勝手な話が多く共感ばかり求めてくるばかりで、俺には全く理解できない。それを上手く対応できるのはすごいが、疲弊 しないものなのかと疑問に思う。
一方、遼はスマホをいじっている。俺のいる席からでは彼の背中しか確認できないため、スマホでなにをしているかは分からない。だがそんな彼の横に、先ほど喋っていた晴人と女が座り、彼に話かける。
「ねえ、遼。」
「ん、なに?」
「この子のデバイス直せる?」
晴人が遼にボールのついたマウスを見せた。色合いが白ベースのパステルなデザインを見る限り、女のものであると推測できる。
「なんかそれ接触悪くてさあ~デザイン好きだしまだ使いたいんだよね~。」
女がまたベラベラと喋り、遼は話を聞いているのか聞いていないのかただじっと渡されたマウスを眺めている。それからマウスの底面を触り、電池が入ってることを確認してから自身のPCに繋げて調子を確認し始める。まもなくして、遼はマウスから手を離した。
「あぁ……初期不良。交換した方が良い。」
「げ、まじ?」
「マウスの発熱は異常。配線か基盤のはんだ付けに不備がある、かも。」
「はあ~? もー最悪なんですけど……。」
「まあまぁ、今度お店の人に交換するように言ってみよっか。」
「うん、そうするわぁ。」
女がマウスを片手に、分かりやすくテンションを下げて元の席に戻っていく。晴人はまだなにかあるのか、遼の横に座ったままいた。
「ありがと~。」
「うん。」
「それと、この後また相談していい?」
「……まあ。」
晴人は遼の返事を聴くやいなや、すぐさま立ち上がり、元の席まで戻っていく。
晴人が遼に相談、か。まあ人間、悩みの1つや2つあるものだ。遼は静かで穏やかな方だから、相談して話を聞いて欲しい人間にはいい相手となるだろう。そこが遼の良いところでもあり、魅力だからな。
などと考えていたら、いつの間にか教授がやってきて講義が始まる。すぐ俺はキーボードとマウスに手を伸ばし、講義で使われるであろうツールを開くのだった。
時は流れ、現在の時刻は昼頃となる。いつもならば決まった場所で一人弁当を食べるのだが、今回は食をとる気分でもないため大学を散策する。
散策の途中、普段あまり人の来ないフロアの空き部屋からなにやら人の話し声が聞こえて来た。
「……だからって、晴人のやってることは許容できない。」
「やだなあ、危害は加えてないよ?」
「違う。」
「分かってる。でも、抑えられなくてさ……」
空き部屋から、晴人と遼の声がする。会話内容の詳細は分からないが、言い争っているようだ。一体、なんのことを話しているのだろう。
気にはなるが、盗み聞きは褒められるものでもない。とりあえず、この会話は聞かなかったことにして……。
「抑えの問題じゃない。晴人、いますぐ謙にストーカーするのを辞めて。」
「え……?」
遼の一言を聞いて、俺は思わず声を上げる。上げてから、ハッとして自分の口元を抑えた。
「ねえ待って、さっき謙くんの声が……」
いまさら声を抑えても、もう遅い。晴人か、俺の声が耳に入ってしまったようで、空き部屋のドアの曇りガラスに人影が浮かび出す。そしてそのドアは、俺の心を待たずして、無常で無機質な轟音を立てた。
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