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第7話 決め事

「あれ、いない? 聞き間違いだったかなあ。」  再びドアの轟音が鳴り響く。それと同時に、俺は心の中でふぅと息を吐いた。  危なかった。このフロアに関しては散策である程度の配置が分かっていたため、すぐ隣のドア無し部屋に隠れられた。あの空き部屋のドアは開閉音が非常にうるさく、その音にも紛れられる。幸運が重なり、九死に一生を得た、という状況だ。 「……病的。」 「あはは、そうかもね。すぎて幻聴かあ。」  相変わらず二人は喋っている。内容も知りたいところだが、ここで潜んでいてもいずれバレるだろう。彼らが喋っているうちに、さっさとここから離脱しなくては。  足音を立てないよう気を配りながら、俺はその場から無事離脱するのだった。  それからまた時間は経ち、今日最後の講義が終わる。俺は講義で使った教材をまとめ、バックの中に淡々と詰めていた。 「謙。」  横から小さく聞きなれた声で名前を呼ばれる。遼が珍しく俺を呼んだのである。 「なんだ?」 「今日、家行っていい?」 「うえ? あっ、い、いいぞ。」  予想外のこと言われ、つい動揺して返事をしてしまう。遼は返事に頷いて、荷物を肩にかけた。俺も同じように荷物を肩に提げ、遼と並ぶように大学を出るのだった。  考えてみれば、遼が俺の家に行っていいか聞いたのは、あの昼に晴人と話していたことに関係してるかもしれない。遼は遊ぼうと言うことはあれど、基本受け身であまり自ら誘いはしない。いつも大学から近いという理由で遼の家に伺うことも多く、ゲームに誘うとしても俺の家に自ら行こうというのは(いぶか)しいだろう。  それより、もっと気にするべきことがある。それは、今日の昼頃に聞いてしまった会話の内容だ。あの会話を聞く限り、俺がここ最近ストーカーされている原因、つまり犯人が晴人だということになる。だがしかし、理由が分からない。何か好意や恨みを買うことはしていないはずだ。なにせ晴人とは数回話す機会があっただけで、そのときは……。  いや、待て。思い返して考えれば、晴人ならあのタイミングで盗聴器をつけられるじゃないか。俺の不注意で赤信号を渡ろうとしたとき、あいつはバックハグするような姿勢で俺を助けた。そのときなら、どさくさに紛れて盗聴器を仕掛けられる。なら、あのとき助けたのも、偶然なんかじゃなくて、最初から……?  背筋のあたりが急に冷える感じがして、思わずブルリと身を震わす。 「……」  遼はそんな俺を知ってか知らずか、無言でいつもの変わらない表情で、俺の横に並んで歩いてくれる。心なしか、それがとても心強く感じた。本当に、いつもと変わらないのに。  俺の部屋も相変わらず質素だ。遼にジュースだけ出して、あとはひらべったいクッションに座るのみ。  遼も同じくクッションに座った。だが、ゲームのコントローラーを握りはしなかった。代わりに、彼はこっちをしっかりと見つめ、ゆっくりと口を開いた。 「謙、あの会話、聞いた?」 「えっ。」  遼の真っすぐな視線と質問が、俺を捉える。会話というのは、おそらくあのときの事だ。理解していて、それでも答えるのをためらった。しかし、遼は察したように目線を自身の手元に落とす。 「ごめん。」  彼の一言は、状況の説明でもなく、質問や疑問などでもなく、純粋な謝罪だった。 「な、なぜ謝る?」 「1か月ぐらい前から、知ってた。でも、黙ってた。」  彼は淡々と、謝罪の理由を話す。それに対し、俺は首を振って答える。 「……晴人は、謙に心酔してる。異常なぐらい。」 「なんで……」 「分からない。ただ、好きだから全てを知りたいって言ってた。危害を加えるつもりは無いみたいだけど、既に犯罪してる。」 「まあ、そうだな。」  盗聴器まで仕掛けたとなると、もう犯罪の域だ。おそらくストーカー行為も1か月前から……考えたくはないが、警察に突き出してもいいレベルだろう。だが、どうして晴人が?それだけが、気がかりでならない。  遼は一口だけジュースを飲み、再び俺の方へ視線を向ける。 「謙は、どうする?」 「俺、俺が? 警察に相談ってか?」 「うん。このままだと、ストーカーを辞めないと思うから。」  それは確かにそうだろう。野放しにする選択肢は、自らその行為を許すことになってしまう。さすがにストーカーされたいとは思わない。けれど、突き出せるほどの証拠も持っていない。ならば、ここは少し事実確認からしたいところだ。 「俺は……直接、話を聞きに行く。今は気になることも多いからな。」 「本気?」 「ああ。聞かなければ、分からなかったで済まされないこともあるんだ。俺が、なにかしたかもしれないし、な。」 「……」  俺の言葉に、遼は沈黙する。危険だから心配をしているのか、俺の言ったことが気になるのか、他のことを考えているのか、俺には分からない。ただ、遼は頷いて、またジュースを一口飲んだ。  知らなければ、いつか最悪の形となって知らされる。後悔は先に立たない。それに、意中の人をその後悔に巻き込みたくはないのだ。仮にも、晴人は遼の友人だ。だから今までストーカー行為を秘密にしていたのだろう。考えるに、晴人も遼が気が付いていたことを最近まで知らなかった可能性が高い。友人とはいえ、晴人の危険性を低く見てたんだろう。現に、遼はあの人気のない場所で二人きりになっても無事であった。つまり、被害なく晴人とちゃんと話し合える可能性がある、ということだ。  明日、あいつ(晴人)に直接話そう。なぜストーカー行為をするのか、なぜ俺なのか、もし本当に好意をもっているのなら……諦めてもらわなければならない。

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