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第13話 演技
「おはよう。」
「ん、おはよう。」
大学に行く道中、俺たちは共に登校しようと事前に決めた場所で落合い、挨拶を交わす。ただその一言だけ交わし、道中なにも会話せずに大学へ向かう。
まさか、遼と横に並んで通学する日が来るとは思わなかった。ちらっと横目で遼を見ると、普段とは違って上からの横顔が映る。遊んでいるときは座っていることも多く、こういった景色を眺められるとは夢にも思わなかった。にしても、遼の後ろの跳ねた毛が気になる……いつものことだが。
晴人の気配は未だにしない。というか、大学に行く日は気配がするときとしない時がある。今思えば、ストーカーが晴人だからバラつきがあったんだろうと考えられる。晴人は友人も多く、その分自身を監視する目はあったはずだ。その目がある時は、ストーカーも自由には出来ないだろう。つまり、今日はそういう日である。
一人と変わらない静けさで、二人分の足音。普段と違っていても、平和な通学。とても心地が良い。ずっとこの時間が続いても良いな、などと思ってしまう。永遠は存在しないというのに。
そう思っているうちに、俺たちは大学に到着してしまう。楽しいことはあっという間に過ぎる。名残惜しくはあったものの、一限目の履修科目はお互い違っているため、そのまま分かれるのだった。
こうして俺たちは一緒に通学し、隣の席で授業を受けることを繰り返して一週間が経った。通学時、晴人の気配はたまにするが、アクションをかけてくることはない。始めから晴人はアクションを起こすことは無かったが、さすがにバレたらなにかしら起こすと思っていたため意外に感じた。基本的に遼がいるから、下手に話しかけてこれないのかもしれない。
そう思っていた矢先のこと。
「謙くん。」
大学の講義が終わったあと、晴人は話しかけて来た。
「……なんの用だ。」
俺は睨みつけながら、冷たくそう言い放った。すると晴人は動じることなく、周りを見て俺の耳元に顔を近づけた。
「お話し、したいな。ここじゃないとこで。」
晴人の顔が遠のいてから、俺は再び睨みつける。睨みに対し、晴人はニッコリ笑顔で返してきた。
俺に向けられる晴人の笑顔は、潜在的な恐怖を感じる。あのとき、二人きりのときの状況を考えれば必然的な感覚だろう。表情も、声色も、さほど変わらないのに、言動と行動が異常ゆえに恐ろしいと思うのだろうか。
俺が返事を返さないままいると、横に座っていた遼が俺の腕を引き寄せた。
「僕も、行く。」
「ちょっ、りょ、遼?」
「……いいよ。いつものとこでいいかな?」
「うん。」
勝手に遼が行くと答え、晴人も乗って話が進む。ツッコミたい気持ちは山々だが、諦めてもらうにはもう一度はっきり伝える必要があるなと思い、口を出さないことにする。今はフリではあるが、俺は遼と恋人ということになっている。この事実で、どうにか諦めてもらいたいところだ。
とりあえず俺は立ち上がって歩き出す遼と晴人についていき、もはや定番となった人気のないフロアの空き部屋に入る。
「……で、話はなんだ?」
来て早々、俺は晴人に冷たい口調で聞く。
「そんなの、分かってるんじゃないかな? 俺、謙くん一筋なんだよ?」
「なら諦めろ。俺には好きなやつ……いいや、こ、恋人がいる。」
「……そう。遼のことかな? そうなの?」
晴人は遼に視線を配り、遼は迷いなく頷く。
「そっか。そうきたんだね。」
晴人は未だ表情を変えない。とても不気味だ。
「ふふっ……嘘だね。君は嘘をつくのが苦手だろう? 本当は恋人のフリをしてる。違うかな?」
さすがに晴人は引かない。俺たちが付き合っている、なんて嘘も見通して微笑んでいる。これだけでは、諦めてもらえないのだろうか。どうすれば、潔く諦めてくれるのだろうか。
そう考えていると、横にいた遼が一歩前に出て晴人の方へ真っ直ぐな視線をぶつけた。
「……なら、証明する。」
「え?」
晴人が困惑混じりの声を上げたと同時に、遼は俺の真正面に立ち服の袖を引いてきた。引っ張られるまま俺は前に引き寄せられ、遼の手が伸びて来て顔の輪郭をなぞり、流れるように手は耳元から後頭部に回って来る。
「っ……!」
回って来た手が俺の頭を遼の顔まで引き寄せ、そのまま……俺の唇は、遼の唇と重なった。
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