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第14話 本心
柔らかな感触が伝わり、体がこわばる。目線の先には遼の目があって、鋭く真っ直ぐに俺を見ていた。テンパって俺が離れようと遼の肩に手を置き力づくで放そうとするも、今度は腰に手が回ってきてガッチリ抜け出せなくなってしまう。
長いキス。柔らかで、人肌の暖かさを直に感じる。酔ってしまいそうな、くらくらしてしまうほど刺激的で、不思議な感覚。これが、俺のファーストキスになる。途中から目を瞑って視覚の刺激だけは避けたが、それでも俺が混乱するには十分すぎる刺激だ。
刺激に耐えているうちに、後頭部と腰に回っていた手が退かれ、ようやく唇が離れた。名残惜しいような気さえしたが、これ以上は卒倒してもおかしくないだろう。唇が離れたと同時に、俺はゆっくり目を開く。
目線の先には遼がいて、俺は一瞬にして顔をオーバーヒートさせた。
「う、あ……」
俺はよろよろと後ずさり、右手の甲を自身の顔の目の前に添える。その様子を、遼は満足げに眺めているように見えた。
「遼、君 は……」
俺と同じく驚いた様子で晴人が唖然 としている。その隙に遼は俺の手首を掴んで引っ張り、晴人の方へ顔を向けた。
「証明した。もう、手、出さないで。」
遼はそれだけ言うと、また強引に俺の手を引っ張って空き教室から出る。俺は何かを言うまでもなく、ただ引っ張られていく。
「あぁ……」
俺の背後から、晴人の声が微 かに聞こえる。俺は感情に疎 い人間であるが、その声だけは悲しげだと感じた。
「お、おい、なんであんなことしたんだ?」
引っ張られている途中、俺は遼を静止する意味も込めて質問を投げかけた。遼は一旦止まり、やっとこっちを向く。
「諦めてもらうため。」
「だ、だとしても、あそこまですんのは……」
「恋人なら、当たり前。」
「けど、フリだろ?!」
つい口から怒りっぽい言葉が出てしまう。どうしても、好きな相手からキスされたことを素直に喜んで大人しくすればいいと分かっていても、恋人のフリにしてはやりすぎだと思ってしまったり、素直になれず混乱している自分がいるのだ。
そんな俺に動揺するでもなく、遼は首を傾げた。
「フリとか、偽装って、一言も言ってないけど。」
「……へ?」
まさかの返答に、自身のか細い声が小さく漏れた。数秒間、頭が真っ白になったものの、すぐさまいやいやと頭を横に振る。
「否定もしなかっただろうが!」
取り乱してツッコミを入れる俺に、遼は珍しく頬を緩めて少しだけ口角を上げる。初めて見る表情だった。
「うん。でも、知りたかった。この気持ちを。」
そう言って、遼は俺の手を優しく指を絡めるようにしっかりと握った。
「この手を離すのも、あの空間がなくなるのも、謙のその顔が見られなくなるのも、嫌だった。だから、いじわるした。晴人にも。」
遼は抑揚 のない声で淡々と言う。けれど、その言葉一つ一つはどこか重みを感じさせる。普段と違い、ほんの僅かな感情が込められているからだろうか。
あれ、待てよ。これって、まさか……。
「だから、そう。示した。僕が謙の恋人ってこと。」
「フリでも、偽装でもなく……」
「うん。本当の恋人として。」
冷めかけていた顔の熱が再び上がっていく。なぜ、どうして、そんな疑問と予期せぬ事態を読み込もうとするCPUの限界で、口は開いても言葉だけが喉元から出ずに胃の中で駆けめぐる。悶えるように慌て始めた俺に対し、遼はさらに口角を上げて空いてる方の手をこちらに伸ばす。
「――好きだよ。」
遼の手が俺の頬を優しくなぞり、やがて、真っ赤になっていたであろう耳に触れたのだった。
* * *
「うぅ、うあああぁぁ……」
誰もいない一室で、顔を腕の中に沈めて泣き叫ぶ。殺したくても殺せなかった感情が、腕の中から溢れんばかりに流れていく。どうしようもなく、ただ溢れる想いの産物は、腕ごときでは抑えられなかった。
本当に、大好きだった。愛していた。やっと、本物の恋に出会えたと思った。しかし、世界は残酷だ。唯一かもしれないこの想いを、こうして叶えられないことを見せつけ容易く断ち切ろうとしている。もう、他の人では補えきれない空洞が、心の中にポッカリと空けられてしまった。
涙ではこの空洞は埋められない。鍾乳洞 のように、いつかツララになって伸びていったとしても、埋まるのは何十年と先だろう。それまで、俺はどうやってこの想いの埋め合わせをすればいい?彼がいたから、俺は今を生きていられる。でも、彼がいなかったら……俺は、どうやって生きていけばいい?
頭の中で問答を繰り返し続けても、巡るのは辛い記憶と彼のことばかり。現実がどんどん乖離 し、涙と共に世界が褪 せていく気がした。
だが理性はマトモに働き、このままではダメだと頭が呼びかけ、ふと冷静に周りを見渡してみる。
「けん、くん……」
無意識に、彼の名前を言ってしまう。周りになにか彼のものがあるわけではない。しかし、心は彼を求めていた。
「ダメ……ダメだよ……」
自分の本能を律するように、言葉を発した。
俺じゃ、彼の心は射止められない。それどころか、彼はすでに意中の相手がいて、その意中の相手も彼の魅力を知っている。俺の入る隙なんて無い。たとえ二人を決別させることが出来たとしても、彼が悲しむのなら俺はしたいと思わない。愛されたい想いは、相応のやり方で叶えたいから。
俺は、願いすぎていたのかもしれない。願うばかりでは、なにも叶えられないというのに。愚かで、無様で、救いようがない人間だ。でも、それでも……諦められないから……。
「――覚悟、決めなきゃ。」
それでも、俺は想いをかみ殺して涙を拭い、立ち上がったのだった。
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