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2 朝っぱらから迷惑な奴 1
4月の新年度を迎えたその日の朝も、電車は混んでいた。
ただでさえ不快な通勤ラッシュの車内に、ここ数ヶ月の間、ずっと自分を悩ませているものがある。
いつも同じ時刻、同じ電車の同じ車両で、俺は誰かに見られている。
(…まただ)
正体は分からない。だが感じる。
首の辺りから上にかけて、じっと俺に注目している奴がいる。
最初にそのことに気付いたのは、1月の共通テストを過ぎた頃だった。毎朝誰かの熱視線を浴びているなんて、仕事人間の予備校講師にはそぐわないシチュエーションだ。
犯人の目星も意図も見当がつかない。
人に恨まれることはした覚えがないし、180センチオーバー身長を別にすれば、俺にはさして目立つところもない。通勤時間はおとなしく乗客の頭頂部ばかり見て過ごしている。
一人で苛立っている俺を乗せて、電車は次の駅へ向かっていた。
線路の切り換えポイントを過ぎた時、車両が大きく揺れて、背中側から圧力がかかった。
(…ん?)
スラックスの後ろ、俺の裏腿の辺りに何かが触れる。
揺れがなくなっても離れてくれず、それどころか、もっと裏腿を圧迫してくる。
(──おいおい)
無遠慮に押し付けられたそれは、服越しにでも分かるくらい熱く、固く、段々と形を変えていた。指や手じゃない。裏腿に擦り付けて自己主張しているのは、男のアレだ。
(痴漢かよ…。…冗談じゃないぞ…)
変態なことをされて喜ぶほど心は広くない。
車内での猥褻行為は許し難いし、論外だ。こうも明らかに欲望を突きつけられると、不快を通り越して呆れてしまう。
(頼むから電車でサカるな)
裏腿の圧迫は時間とともに強くなっている。
揺れるたびにスラックスが擦れて、いい、らしい。少しも離れてくれない。
(どんな奴なんだ、このヘンタイは)
こうなるともう、嫌悪感よりむしろ好奇心が生まれた。
男に欲情する男にはこれまで一度もお目にかかったことがないから、強い興味が湧く。
いや、それ以上にどうにかして仕返しもしてやりたい。
痴漢は立派な迷惑防止条例違反だ。
目的地の一駅手前のホームへ電車が滑り込む。ざわざわと他の乗客が動き出したところを狙って、俺は片手を後ろへ伸ばした。
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