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6 ウサギとの再会 1

 4月の夕刻は陽が長くなったせいか暖かくて麗らかだ。  立星館ゼミナール周辺には池のある公園があって、勉強に適した静かな環境が整っている。  浪人生だった頃も、バイトで講師をしていた頃も、その公園を散歩するのが俺は好きだった。 「──あ」  水鳥が遊ぶ池のほとりに、見たことのある少年がいる。  素性を知ってからは少年とは呼び難いが、見た目は本当に幼い。楽しそうに鳥の遊泳を見詰めている。 「伊勢」  そう声をかけると、池畔の木製の柵に体を預けていた彼は、びっくりした顔で振り向いた。 「新垣…先生」  声が震えている。この小動物め。 「先生って呼ばれると妙な気分だ」 「すいません…っ」  伊勢はしつこく謝っている。今朝の事件をまた蒸し返したくない。  彼は生徒で、俺は講師だ。同じ予備校に通う間柄だ。 「講義終わったのか? 散歩?」 「…は、はい。先生も…?」 「ああ。仕事明けはたまにここに来る。ちょうど満開だしな」  池をぐるりと囲むように桜並木が続いている。  この公園は地元の花見スポットで、平日の今日もブルーシートを広げた団体をちらほら見かける。 「駅まで一緒に行くか」 「…いいんですか?」  臆病な目だな、と思った。  それを見るにつれ、今朝の伊勢がした行為が信じられない。 (何でこんな奴が痴漢なんかするんだ)  駅まで行こうと誘っただけの自分を、伊勢は頬をかあっと桜色に染めて見詰めている。  シャツ一枚の彼の肩にも、同じ色の花弁が舞い落ちている。

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