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7 ウサギとの再会 2

(フツーより…、伊勢はもっとおくてだよな)  小柄で顔も小さくて目がくりっと二重で、年上のおねえさんに好かれそうなタイプだ。言い寄られると逆に怖気づく、遊び慣れていない子供。  こうして直接言葉を交わすのは二度目だが、電車で男に欲情する度胸なんか少しもなさそうなタイプに見える。 「今朝のことはもういい。気にするな」 「先生……」 「驚いたけど、怒ってはいないよ」  撫でたらきっと柔らかい伊勢の髪が、春の風に揺れている。  どこか育ちの良さを感じさせるウサギ。今朝は赤い目をして泣いていた。 「もう泣き止んだようだな」 「はい」  伊勢は笑うととてもいい顔をする。小動物の特権だ。  愛玩されるために媚を売っているのではない。相手が構いたくなる可愛らしさを、自然に身につけている。  ウサギみたいな彼と桜並木を散策しながら駅に向かう。歩幅が合わない俺に、伊勢は早歩きでついてくる。歩く速度を落としてやると、俺を見上げて嬉しそうに微笑んだ。 「飲むか?」 「いいんですか? いただきますっ」  自動販売機で買ったジュースをありがたがる、素直で純真な一面もあるらしい。桜の花弁が似合う笑顔だ。 「花見気分だな」 「夜はライトアップされるって聞きました」 「よく知ってるな。きれいだぞ、ここの夜桜は」  慣れてくると、伊勢は相手をまっすぐに見詰めて話す子供だと分かった。  低い背丈から仰ぎ見てくるその視線は、時折どきりとするくらい真剣だ。じ、とこちらの目を捉えて、見詰め返させる力がある。 「名簿を見たよ。伊勢っていい高校出てるな」 「そ、そんなこと…ない、です」 「自慢できるぞ。首席だろ」  遠慮がちにはにかんで、伊勢は顔を伏せた。  公園を抜けると駅はすぐそこだ。彼との散歩はものの十分で終わってしまった。  朝と同様、帰宅ラッシュに沸くホームは人で溢れていた。  タイミングよくやって来た電車に飛び乗って、ドア付近に二人で体を寄せる。主要駅に着くと、降りる客より乗ってくる客の方が多くなった。 「大丈夫か?」 「…はい…っ」  伊勢の小さい体が、乗客たちの間に埋もれている。  窮屈そうなその姿が不憫に思えて、俺は伊勢を自分の胸の中に抱き寄せた。

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