「──先生…っ？」 「少し楽だろ。お前、踏み潰されそうだからさ」 　本当はそこまで伊勢は小さくない。 　怯えているウサギを連想してしまうくらい、満員電車に乗っている彼が心細く思えたのだ。 「また乗ってくるぞ」 　駅に着くたび混雑は増してゆく。 　俺と伊勢の密着度も、これ以上ないくらい上がっている。 「…先…生…」 　胸元で、伊勢がか細い声を出した。 　どうした、と尋ねる前に、俺の右足に熱くて固いものを感じた。 「…お前…っ」 　伊勢の両足の間に、俺の右足が入ってしまっている。 　車両の壁に背中をつけた態勢の彼は、逃げることができずに、朝と同じように勃起してしまったのだ。 「お、俺のせいか？　これは」 「ごめ…なさ…っ」 　感じて屹ってしまっている伊勢。敏感にも程がある。 「ちょっと待てよ、よけるから……くそ、無理っ」 　車内は鮨詰め状態で全く身動きが取れなかった。 　下手に足をどかそうとすると、逆に伊勢を刺激してしまう。 「…悪い。我慢しろよな」 「は、い…っ」 「お前のせいじゃないぞ。これはしかたのないことなんだからな」 　俺はいったい、何を庇っているんだろう。 　伊勢は今朝の痴漢の犯人だ。電車で足と足が擦れたくらいで勃起する、迷惑な体の持ち主だ。 （……１８歳ってこうなのか…？） 　性欲でぎらぎらしている様子は、伊勢からは感じられない。 　そんなオスっぽさとは無縁の外見だ。 　実は中身はケダモノなのだろうかと伊勢の表情を窺ってみても、揺れ動く瞳や震える唇が、感じやすい自身の体を持て余して困惑している様をありありと映し出している。 「先生ごめんなさい…」 　消え入りそうな声で謝られても、何もしてやれない申し訳なさが増すだけだ。 　痴漢をした今朝の伊勢と、今目の前にいる伊勢が、どうにも別人に思えてしかたない。 「伊勢、…もしかして朝もこうだったのか？逃げられなくて困ってただけか？」 「…はい」 　ああ、やっぱり。俺は大きな勘違いをしていたようだ。