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12 女生徒からの情報

「伊勢君と同じクラスの友達がね、英語を教えてもらったんだって。グループ履修で」 「へ、へえ」  あのウサギが女の子に囲まれて勉強を教えるなんて、想像をするのも難しい。 「下手な講師よりも分かりやすいって言ってた。発音もネイティブだって。すごいよね、私たちとはレベル違い過ぎ」  確かに伊勢は、学力だけで考えればこの予備校でも目立つ存在だ。  東大法学部を目指す同大文科一類志望で、末はキャリア官僚か法曹界か、とにかく前途有望な生徒であることは間違いない。 (…それでも入試に落ちたんだよな…)  伊勢が一浪した理由は分からない。彼との繋がりを悟られたくなくて、担当講師の神崎にも聞けずじまいだ。 「あ、もうこんな時間。新垣先生ありがとうございましたっ」 「課題はちゃんとやっておけよ」 「はーい」  問題集や筆記具をバッグにしまって、女生徒は小教室から出て行った。紙コップをくしゃりと手で潰して、俺も廊下に出る。  一人きりになってしまうと駄目だ。頭の中に伊勢のことしか浮かばなくなる。  伊勢と出会った日は本当に厄日だった。電車の中で射精する人を見るという、一生のうちに一度、有るか無いかの体験をした。  あの後、泣いている彼を電車から降ろして、駅のトイレに押し込めて、着替えの服を買い与えた。自宅へ送り届けるまで全部面倒を看たのは、自分にやましい気持ちがあったからだ。 (───反則だろ。あんな顔)  可愛らしかった。  俺のコートの中で、必死に快感に耐えていた伊勢の顔が。放つ瞬間の我を忘れた顔が。いった後で荒い息をしている顔も。伊勢の何もかもが可愛らしくて、ずっと見てしまった。 (あいつは見られる側の顔……だよな)  腕の中で刻々と変化する表情を楽しみたい。鑑賞相手にそんな思考をさせる、罪な顔だ。

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