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13 奇妙な視線
(ウサギ相手に何を考えてるんだ、俺は)
ふるっ、と頭を振って危ない残像を消す。
一瞬だけいなくなっても、伊勢はまたすぐに頭の中に浮かんでくる。すると…
「───ん?」
不意に、馴染んだ感覚が首の後ろに走った。通勤電車で悩まされている、あの熱視線。
はっと後ろを振り向いて犯人を捜す。廊下は無人で、天井の蛍光灯に照らされた自分の影しかない。
「…何なんだよ」
きっとこれは、神経がまいっている証拠だ。
ありもしない視線を感じて一人で苛立っている。
何か気晴らしになるものはないだろうか。予備校講師の日常に割って入ってきた伊勢。あのウサギのことを考えたくない。
(…俺に彼女でもいればな──)
仕事にかまけて特定の恋人を作っていなかったことを、こんな形で後悔する日が来るとは思わなかった。
女友達には困っていないが、余所見をしないで愛せる人がいたら、ウサギにこうまで意識を持って行かれることもなかっただろう。
メイクもしなければ胸もない、男の伊勢。顔を見てちゃんと話したのはたった一日だ。その短い時間で、俺は伊勢の恥ずかしいところを二度も見てしまった。
(衝撃的だっただけだ。それだけだ)
伊勢へと向かっていく意識を、単なる興味と好奇心で片付けたい自分がいる。
彼は電車の中で射精するほど過敏なウサギだ。そんな奴に対して無関心でいられる方がおかしいんだ。
「新垣、お疲れさん」
一方的に憤慨しながら講師室へ戻ると、デスクで事務仕事をしていた神崎が陽気に出迎えてくれた。
「どうした? 鬱陶しそうな顔して」
「ほっとけ。元からこうだ」
「ただでさえ雨でくさってんのに。これからひどく降るんだってよ」
外見からまるっきりオスで、声も口調も成人男性そのものの我が同僚に感謝したい。
伊勢のことを意識し始めていた自分を、いとも簡単に現実へ引き止めてくれた。
「お前に届けものが来てるぞ。伊勢暁人くんから」
だがこの同僚は、タイミングの悪さは一級だ。また俺の頭の中が伊勢でいっぱいになる。
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