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17 ウサギの家庭訪問 2

「…聞いてもいいか。こんなこと、気に障ったらごめん。お前が浪人する理由が見当たらない」  こく、とコーヒーを喉に流してから、伊勢は俺の方を見た。  座っていても背丈に差があって、彼は自然に上目遣いになる。 「笑わないですか?」 「笑わないよ」  普通に返したつもりだった。  伊勢の顔が強張っていたせいか、俺の声も喉に絡んでひしゃげていた。 「受験をしたくなかったんです」 「どういうことだ?」 「……僕は、共通テストもボイコットしましたから」  伊勢は静かに言った。それが彼が浪人生になった直接の理由だろう。  学力は充分あるのに、そうまでして受験を避けた訳を知りたい。 「僕は大学に入っちゃいけなかったんです」  伊勢は手許のマグカップに視線を落とした。  何か大切なことを打ち明けようとしている。そう感じて、驚かさないようにそっと彼に耳を寄せた。 「僕が大学に入ったら、両親が離婚するって」  予想もしない言葉だった。  国際弁護士の両親。都心の贅沢な邸宅。伊勢は恵まれた家庭だと漠然と思っていたから。 「…二人とも仕事が忙しくて、三人で一緒に食事をすることも年に何度もないんです」  それくらいにしか家族の時間を持てないなんて。  18歳の子供にとっては、けして良い環境とは言えない。 「寂しくないのか」 「慣れてるから、平気です。…両親は昔から擦れ違ってばっかりでした。僕が大きくなるまではお互いに譲歩してたみたいで…」 「譲歩って、お前──」 「ケンカする時も法律書を使うような、冷静な両親です。…高三の夏休みに淡々と言われました。大学に入ったらお前も一人前だから、財産を分割して協議離婚するって」  抑揚のないその口振りが、かえって彼が受けた衝撃の大きさを物語っている。  暗く沈んだ表情の伊勢を、自分はこれまで見たことがなかった。 「学費の面倒はみる。…父さんか母さんか、どちらが払うかお前が選べって」  残酷な両親だと思った。  いくら聡明な息子でも、そんな冷たい天秤は選べないだろう。

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