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18 ウサギの家庭訪問 3
「──僕には大切な両親です。学費のためにどちらかを選べとか、そんなこと考えたくない」
「うん…。子供側の本音だろうな」
「僕が国際弁護士になったら、三人で一緒に仕事ができると思ったけど、……でも、両親は待てなかったみたいで」
「伊勢…」
「だから僕は受験しなかったんです。両親が離婚しないで済むなら大学なんか入らなくていい。僕が手がかかる子供でいるうちは、二人とも僕の親でいてくれるから──」
会ったこともない伊勢の両親に、俺は激しく憤っていた。
離婚を考える事情と感情の問題があるのだろうが、その陰で息子がどれほど心を悩ませて、追い詰められているか、何故分かってやれないのだろう。
「お前はがんばって勉強してきたんだろう? この部屋を見ればすぐに分かる」
「勉強しか…することがなかったから…」
体育座りの膝を抱え込んで、伊勢は本棚に並ぶ参考書を見詰めている。
勉強するものしかないこの部屋で、伊勢はじっと我慢して過ごしてきたのだ。離婚してほしくない一心で。
「先生、僕ね、浪人したことを喜んでるんです」
「──え?」
「だって両親は離婚しなかったから」
そう言って笑った伊勢を見て、かける言葉が見当たらなかった。
捨て身で願いを叶えたウサギ。両親のために無茶をして、それなのに笑っている。
今まで何百人、何千人と生徒を見てきて、こんなに一途な思いを抱えた生徒に出会ったのは初めてだ。
「共通テストを受けなかったって言ったら、二人とも泣いちゃって。僕に謝ってくれて、すぐに予備校に入れてくれました」
「親にねだるものなら、予備校よりもっと他にあるだろ」
ウサギの瞳が俺の方を向く。 小首を傾げて、見上げてくる。
「一番の願いが叶ったから、欲しいものはないです。……新垣先生に会えたし、立星館ゼミナールに入ってよかった」
「俺のことなんかいいんだ。関係ない」
「ううん。この話をしたの、先生にだけです。笑わないでくれてありがとう」
屈託のない笑顔が痛ましく見える。少しは自分自身を大事にすればいいのに。
脇目も振らずに勉強だけをしてきたウサギ。その頭を撫でて褒めてやったら、伊勢は喜ぶだろうか。
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