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22 ウサギ、大人を惑わせる 2
まるで好物のニンジンを噛むウサギのよう。伊勢の歯がおずおずと自分の指に触れてくる。
紅潮して色味を増してゆく頬。反対の手でそこを撫でると、伊勢はこもった息を漏らす。
「…先生…」
伊勢は自分の指を齧りながら、ゆっくりと腰を揺らし始めた。
「せんせ…、先生…っ」
固いものがスーツの腹を摩擦する。
本能にだけ忠実になって、伊勢は目を閉じ、その動きに没頭した。
唇から漏れる吐息の濃密さに気付いた時、俺は自分が彼にさせていることをやっと顧みた。
(何やってんだ、俺)
必要以上に触れたことを後悔した。ウサギを甘やかす領域を超えてしまっている。
ここは電車の中じゃない。俺と伊勢以外誰もいない。誰も止めてくれない。
「伊勢──、やめろ」
俺の指の先に生温かいものが絡みつく。
伊勢の舌だ。頬を染めて夢中で吸っている。
「伊勢…」
「…先生が好きだから…変になる」
「…錯覚だ」
「違う…。僕、ずっと先生のことが……」
赤い目が自分を見詰める。
ちゅ、と指先で鳴る音と、互いの着衣の擦れる音が、鼓膜から自分を言いなりにする。
伊勢の行為を止めなければならないのに、全身が硬直したように動かない。
「伊勢、…伊勢」
「好き…っ」
言葉と同調した伊勢の体。
あどけないウサギは、気持ちと欲情を勘違いしている。
「───先生…っ、あっ…」
また俺は見てしまった。絶頂する伊勢を。
服を着たまま、人の腹の上で射精する彼の痴態を。
本能に正直なその姿を見詰め、魅入られていた。
(駄目だ。……たまらない)
俺の腰の奥が疼いてくる。欲望が生まれる。
それが大きくなり、熱病のように自分を飲み込んでしまいそうで恐ろしい。
蕩けた伊勢の目に、この大人はどう間抜けに映っているのだろうか。情けない。ウサギを見て屹った自分が許せない。
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