24 / 36

24 悩める大人

(くそっ。ついてない)  トースターのタイマーを放置していたせいで、朝食の食パンは焦げていた。  味をごまかすためにたっぷりとマーガリンを塗って、口の中に押し込む。咀嚼しながらスーツの上着に袖を通し、トレンチコートを羽織っていると、ちょうど出勤時刻になった。  ブルーマンデーで頭が重たい。  今日の講義内容を反芻しようと思っても、寝不足の頭に出てくるのは伊勢のことだけだ。 (自分で突き放しておいて、勝手だ)  彼の部屋で過ごした短い時間が、澱のように胸に詰まって、記憶の中からなくならない。  伊勢のことを知らないままでいた方がよかった。受験を断念してまで両親の離婚を止めた彼は、一般論にはあてはめられない潔さと、穢れないところを持っている。 (……無責任な講師)  中途半端に優しくして、拾った動物をもう一度捨てるようなことをした。  ウサギは俺に懐いて甘えていたのに。  好き。耳に残って離れない、伊勢の囁き。  ウサギの告白をまっすぐには受け止められない。俺は常識人で、堅い大人だから。たとえ伊勢を可愛いと思っても、それは教育者としての感情だ。  そう結論づけても否応なく惹かれてゆく。  夢の中にまで出て来て、伊勢は俺を引っかき回す。少年の笑顔と快感に火照った顔で、交互に先生、と呼んで、眠れない夜を与える。 (もう考えさせないでくれ。伊勢)  認めてはいけない。俺の指に舌を絡ませ、腰を動かす彼に、男として反応したことを。  俺は欲望を制御することができる。だから伊勢を傷付けずに逃げ出すことができたのだ。  週末に降った雨のせいで、通勤路にはいたるところに桜の花弁が散っている。  それらを革靴の足でよけながら、ぐったりと項垂れて地下鉄の駅へ向かう。

ともだちにシェアしよう!