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25 奇妙な視線、再び
蒸し暑い地下二階のコンコース。
通勤ラッシュの車内へと駅員に背中を押されながら乗り込む。普段と同じレールの上を電車は走り、伊勢の自宅のある駅に着いた。
中吊り広告の下に詰め込まれるたくさんの乗客たち。
長身の俺には髪の毛と頭の形しか見えない。
混雑したまま電車はまた動き出す。乗客どうしで体が触れ合っても、それが性欲には繋がらない。俺に欲情した人間は、一人しか知らない。
(伊勢……この電車に乗ってるのか)
もう考えないつもりだったのに、頭の中は伊勢のことだらけだ。
同じ時刻の同じ車内。彼と出会った日のように、満員電車はスピードを上げて走り続けている。
がたん、がたん、と揺れに体を預けていた俺に、あの視線が突き刺さった。もう肌に馴染んでしまった感覚。誰かが、どこからか俺を見ている。じっと。熱く。
(今日もか。──誰だ。いったい)
強い視線を感じながら車内を見渡す。抗えない引力に根こそぎ捕まえられたかのように、俺の両目が、ついにそれに辿り着いた。
いる。犯人だ。近くにいる。人と人に紛れて姿はよく見えない。けれども感じる。熱い眼差しで自分を見ている。
(今度こそ捕まえてやる── )
吊り革を持ち替え、視線を感じる方へと身を乗り出す。
人の背中と背中が重なったその先で、赤く潤んだふたつの瞳に遭遇した。
「───伊…勢…?」
驚きが勝手に声になる。怪訝な顔をして、隣の乗客が俺を睨んでいる。
(何で……お前が?)
犯人に間違いないと思ったのに、そこにいたのは伊勢だった。
ウサギが懸命に俺のことを見上げている。
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