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26 犯人は…

 こちらの視線に気付くと、伊勢ははっと驚いた表情をし、顔を伏せた。  あんなにまっすぐに見詰めていたくせに、俺と目が合うのを避けるように俯いている。  伊勢の耳が赤い。落ち着かない仕草で体を揺すっている。 (…お前…、まさか)  ウサギのいけない癖が出たのか。勃起しているのか。  右に立っているスーツの男か。左に立っている作業服の男か。  お前はいったい誰に欲情しているんだ。 (俺以外の奴に、イッた顔を見せるのか)  言っただろう。大人はお人よしばかりじゃない。  ウサギの皮を引ん剥いて、鍋に突っ込みたいハンターが山ほどいるんだぞ。 (伊勢。俺のことが好きなんじゃないのか)  可愛い顔をして予備校講師の日常を壊したウサギ。  伊勢に出会ってから俺は振り回されっぱなしだ。今だって頭の中が混乱している。  伊勢が俺以外の男に欲情している。  嫌だ。絶対に許せない。 (伊勢。やめろ。俺にしておけ!)  他の男を触るくらいなら、俺を触れ。足でも手でも何でもやる。  この間齧った指もやる。欲しいならまるごと俺をやるから。 「…伊勢…!」  がくん、と電車が揺れて、伊勢の顔が上を向いた。  赤く腫れたウサギの瞳から涙が流れている。  小さな唇を噛み締めて、伊勢は何かに耐えているように見える。 (伊勢…っ?)  彼の後ろで黒い影が不審な動きをした。  一人の男が不自然な方向に体を曲げて、肘から先だけを伊勢の腰元に伸ばして、周囲に隠れながら触っている。 (──痴漢──!)  蒼褪めた俺を、伊勢はもう一度見詰めて、唇だけで呼んだ。 『たすけて、せんせい』  泣いて嫌がっている伊勢を見て、ぷちん、と俺の中の何かが切れた。 「何してやがる! このヘンタイが!」  感情をセーブできない。伊勢を守りたくて。 「そいつを離せ!」  車内がざわついた。乗客たちの視線が一斉に俺に向く。  人をかき分け、呆然としている伊勢を胸に抱き、しつこく彼を触っていた男の手を振り払う。 「殺されたくなかったらおとなしくしろ!」  伊勢に触るな。お前こそ本物の変態だ、この下衆野郎。  ひっ、と怯えた悲鳴を上げて、男は顔を隠しながら逃げようとした。  しかし、人がひしめき合った車内では身を隠す場所もない。他の乗客たちに取り押さえられて、次の駅で痴漢野郎は駅員につき出された。

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