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29 ウサギとの恋 1
「今日は家族でお祝いか?」
「うん。食事に連れて行ってくれるって」
「…そうか」
花束の中のチューリップを一本抜いて、スーツのポケットに入れておいたメモと一緒に伊勢に手渡す。
きょとん、とした目をされて、一瞬だけ挫けそうになった。
「──講義が終わったら、俺のところに来い」
誰にも聞こえないように、声をひそめてそう囁いた。
あまり長く一緒にいると、我慢できなくなる。伊勢を抱き締めてしまいそうになる。
「先生のマンションの地図…?」
「ああ」
今日が来るのを随分と待った。時間にすればたった数日。
伊勢に好きだと告げてから、彼が18歳でなくなる日を静かに待った。
「お前に選んでほしい。親にプレゼントをもらうか、朝まで、俺と一緒にいるか」
「朝…まで…?」
「誘ってるんだよ。お前を悪い子にしたくて」
本当は20歳になるまで待つべきだった。堪え性のない大人だと反省している。
常識やモラルを打ち負かされた俺は、伊勢を恋人にしたがっている、ただの男だ。
「先生──」
「怖いならやめとけ。今なら泣いて耐える」
選択肢を与える臆病な大人。
伊勢が何と答えるか分かっていて、それでも彼に選ばせる。
「マンションに行く。──絶対、待ってて」
「食事の後でもいいんだぞ」
「今すぐじゃないと、本当はいや」
そして、予測以上の答えに心臓を鷲掴みにされる。
「そろそろ講義室に戻れ。遅刻する」
「…うん。先生」
「ん?」
「大好きっ」
弾むように言ってから、ウサギはぱたぱたとスニーカーを鳴らして、廊下を走って行った。
白い尻尾は見えないが、赤い耳の上で茶色の髪が跳ねている。指通りのいいそれを、今日はベッドで乱してやると決めた。
伊勢が好きだ。互いに欲しがる気持ちを、もう否定しない。
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