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第10話 2回目のヒート
テスト結果が帰ってきた。平均43点、3教科が40点以下で赤点。来週に追試験か夏休み中の補修授業を選べる。
景明さんから補習授業を選択するように言われた。
「慶介の実力は悪くない。今回のテストが悪いのもオメガと判明してから5月、6月は落ち着いて勉強もできんかったからやろう。夏休みは俺と水瀬の仕事が忙しい。どこか旅行に連れて行ってもやれんしな。補習授業で暇つぶししといてくれ」
景明と水瀬の仕事は警備保障会社の身辺警護だ。イベント事が多いシーズンは忙しくなる。
「酒田は実家? に帰ったりしねぇの?」
「正月は酒田の本家に挨拶に行ったりするけど、夏休みは特にないな。母方の実家に帰ったって喜ばれるわけでもないし」
「仲悪いん?」
「母さんの姉さんが実家にいるんだけど、子どもが6人で、オメガの4人姉妹がいるんだ。それが、まぁ~・・・かしましい。・・・向こうに行くと疲れる」
「俺は・・・」
慶介の表情が曇る。
田村の家はもう実家とは呼べないのではないか? まあ、正直、帰りたい、という気持ちはないが。本多の養子になったが祖父母にも本家とやらにも挨拶をしていない。自分の実家とはどこなのだろう? と、帰る場所がないと言うのはなんだか寂しいなと思った。
でも、この家の居心地は良い。皆、慶介を歓迎してくれているのが伝わってきて安心出来る。変に気を使って接待されるでもなく、遠慮したりされなくて、全員が友達みたいな距離感で楽しい。
だからこそ、田村の父に報告したかった。父の選んだ選択は間違っていなかった。と、伝えたいと思った。
(伝えるだけなら、電話でもいいのか。)
慶介は、初めて、用事連絡以外のメールを父にした。
テストが終わり、夏休み前の授業は皆、気もそぞろ。やれ海外に旅行に行くだの、パーティに忙しいだの、慶介にはちょっと聞き慣れないワードが飛び交う。
「酒田、もしかして、特に予定のない俺等は少数派?」
「よく気づいたな。予定のないオメガはお前くらいかもしれない」
「もしかしなくても、お見合いパーティに出るべきだった?」
「予定は後からでも入れられる。お前はまず、目前に迫ったヒートの心構えをしてろ」
「心構え、つったってなぁ」
夏休みに入り、薬の残り具合から、ヒートは今日か明日には始まるだろうと予想される。慶介は楽観と不安が入り交じる複雑な思いで、3ヶ月前の初めてのヒートを振り返る。
ホットフラッシュかな? と保険医が言ったように、症状が出るのは急だった。発熱、発汗が出てから動けなくなる脱力までには数時間の余裕があった。でもその後の記憶はあるようで無い。熱に浮かされたあの3日間を思うと不安になってくる。しかし、今回は薬を飲んでいるので症状は軽くなるはず。
毎日飲んでいる抑制剤はフェロモンを感知しても脳が反応しないようにする薬で、アルファもオメガも関係なく飲む。
この薬は飲み過ぎ注意だ。過剰な摂取は脳にダメージを及ぼすおそれあり。
オメガが飲み忘れてはならない薬が経口避妊薬、通称ピルだ。ピルは卵子の成熟を抑え、未成熟卵子が排卵される時のヒート症状を軽くする。と、医師から説明を受けた。ただし、効果は人によって異なるのでどうなるかは解らない。
ヒートに入ったら基本的に7日間、部屋から出てはならない。と、言われた。飲料食料がバリエーション豊かに、大量に運び込まれ、温かいごはんは電子レンジを活用するように。と簡単レシピを渡されたけど、冷凍食品もいっぱいあるから多分使わない。
ヒート中の性欲は無理に押さえなくても良い。可能な範囲で発散する方がヒート後半へ体力が温存出来る。特に男オメガは射精後の賢者タイムがあるのでその間にしっかりと水分補給をすること。などと、真剣な顔の酒田から説明された。
「慶介、まだ大丈夫そうか?」
「んー、たぶん。薬で症状がめっちゃ押さえられてるとしたら、始まったことに気が付かない。ってことあんのかな?」
「抑制剤飲んでても、ヒート中はフェロモンの量が増えるから解る、はず」
酒田は3人兄弟の末っ子。
兄2人も男性アルファで、上の兄はアルファの秘書になるため東京に行き、下の兄はまだ大学生だが番を探すつもりもない。誰もオメガとお付き合いしたことがないので、ヒート対応は初めての経験なのだ。
一応、水瀬が監督チェックしてくれているが、ここ数日は酒田の方が不安顔をしている。
「なんで、フェロモンの抑制剤と経口避妊薬は完全に別物のはずなのに、どっちも抑制剤って言うんだ?」
「昔は、フェロモンに反応しづらくする抑制剤と、ヒートの性的興奮を抑える抑制剤と、受精卵が着床しづらくする避妊薬の3種類だったそうだ。それが、新しい避妊薬にはヒートの症状も軽減される効果があり、ヒートの抑制剤は飲まなくなった。だから、経口避妊薬は抑制剤でもある」
「へぇ~~。勉強した?」
「めちゃ勉強した」
夕方過ぎ。酒田が「匂いが強くなってきた」というのでヒートシェルターでもある部屋に戻りゴロゴロと過ごしていたら、やはり急な火照りと発汗がでてヒートが始まった。
ヒートシェルターはオメガがいる家の必需品らしい。オメガのフェロモンを部屋の外に出さないフィルターを通して排気する陰圧装置というものが特に大事だ、と。この家はオメガ向けファミリーマンションなので陰圧装置は壁の中にあって、排気口は屋上にあるので万が一、誘惑フェロモンが外に流れても部屋を特定されることは無い。
あと、防音室。音は言わずもがな声を隠す配慮だ。
この2つに最低限のトイレ・シャワーが揃ってヒートシェルターと呼ぶらしい。
この家では特別に、シェルター内の人が生きているか確認するための監視システムがある。
映像と動体検知センサーで動きを確認し、音声で「助けて」「開けて」などの危険ワードを検出する。どちらも危険を察知すると警備会社に通知が行って、記録を確認したうえで、救出の必要があれば警備会社から施錠が解除されるらしい。
普通の家には無いシステムだ。普通は内側から施錠できて、外から開ける鍵はヒート中のオメガの世話をする別のオメガや番のいるアルファが持っていて完全に引きこもる事は無い。
この家にはヒート中のオメガに近づける人間がいないので、監視システムを導入したそうだ。
薬の効果は絶大であった。
2回ほど性欲を発散した後は、風邪を引いている時のような、頭がぼんやりして体がダルく熱っぽい。その程度の症状で済んだため、慶介は暇を持て余すという問題にぶつかっていた。
小説を読むほどの集中力はない。ゲームをするには体がダルくて続かない。映画を見てもなんだか気分が乗らない。眠い気がするのに眠れないというモヤモヤした時間を過ごした。
目が覚めたな、と時計を確認したら朝の6時だった。ヒートが始まってからまだ12時間しか経っていない。慶介は先の長さに愕然とした。コレはコレで辛いものがある。
慶介はふと思い立って酒田に電話をした。夏休みの朝6時、普通なら寝ている時間だが、酒田は電話に出た。
『どうした?』
「酒田~、暇すぎて死にそう」
『余裕カマしてないで寝ろ。後からクルかもしれないだろ。』
「目ぇ覚めたところだぞー?」
『じゃあ二度寝だ。』
「え~、寝れる気がせん」
『いいから寝ろ。おやすみッ。』
「はぁ~あ、絶対寝れんし」
とか言ってて、次に目が覚めたのは9時だった。ちゃんと二度寝していた。
結局、症状は軽いままで、3日目の朝にはぼんやりとした熱は消え、7日目までお菓子とジュースを片手にゲーム、映画三昧の引きこもりライフを楽しんだ。
「はぁ~、やっと終わった~~~!!」
「おつかれ、ヒート軽くて良かったな」
「いやー、アレはアレでしんどいわ。まぁ、後半は楽しめたけどさ」
「明後日からは補習だからな」
「うぃーっす」
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