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第13話 慶介の一日

 夏休み中の補習授業で学校にも慣れ、補習仲間だった数人とは気軽に話せる関係になり「本多」と呼ばれても反応出来るようになった。  女子たちは目ざとく日焼けを指摘してきたし、木戸はお声がけがなくて残念だったよ。とわざわざ言いに来た。  しばらくは特別なイベントもなく、日常が続く。  慶介の朝は、朝のランニングから帰ってきた景明と水瀬、酒田がシャワーを浴びるやや暑苦しくも爽やかな朝の光景を見ながら、のそのそと食パンを食べるところから始まる。  慶介も走るのは好きなので一度、彼らのランニングに連れて行ってもらったのだが、スピードは早いし距離は長いし全くついて行け無かった。慶介の遅い走りに酒田を伴走させるのも気が引けたのでランニングは諦めた。  朝食は各々が好きに用意して食べて、夜更かしが酷い重岡は朝に弱いので出発30分前まで寝させてやり、誰かに叩き起こされ重岡に準備をさせる。  景明に見送られ、慶介と酒田は重岡の運転で学校に送迎にしてもらい通っている。  学校では、玄関の下駄箱からアルファたちのアプローチが始まる。  何も朝っぱらから、片膝付いて「結婚を前提に付き合ってください!」とか言ってくるわけじゃない。  「おはよう」の一言をわざわざ目が合う形でしてきたり、おはようと返すまで待たれたり、なんとかして会話ができないかと共通項を探すような探りを入れられたり、またそのおこぼれを貰いたい奴が聞き耳をたてている視線とか気配がまとわりついて、注目を浴びるということ事態が酷く疲れる。  休憩時間には「あれが新しいオメガか」と、他のクラスだけじゃなく上級生も見学に来る。そして、オメガにしては珍しい長身や粗暴に見えるらしい立ち振舞をありがた迷惑なことに注意してきたりする。  対応に困るのは、唐突に現れた男オメガの正体を突き止めようとする奴らだ。推論を披露してきたり、答え合わせを求めてきたりする。この手の輩が一番しつこい。  その中でも慶介が苦手なのは女性アルファだ。ベータ社会の習慣で、つい女性には丁寧に接して愛想よくしてしまう慶介の態度が脈アリと見られたり、女アルファ好きと勘違いされて、女性アルファがグイグイ来るのだ。慶介のような長身で細身というわけでもない体格の男オメガにアプローチするような女アルファは、元より男オメガが狙いで男を組み敷きたいという性癖の女らしく、男らしさがある慶介は彼女らにとって格好のターゲット。押しは強いし、お断りも強く出られずタジタジになってしまう。  男アルファたちは「嫌がってるのが解らないのか、引き際も見極められないしつこい女め」と、けなし、女アルファらは「食わず嫌いは駄目よ、何事も経験してみなければ」と無視。  一応、慶介としては女性アルファはご遠慮願いたい。男の方がいいわけじゃなくて、女を抱きたいと思っていたベータ時代の男としての意識が女に抱かれるという事を拒否している。  女アルファが来るたびに男アルファたちが壁を作ってブロックしてくれるが、「女アルファも子宮があるなら抱かれてればいいんだ」「昔みたいに女アルファが男アルファに嫁げば、俺たちもオメガと番えるのに」「男アルファが余るのは女アルファのせい」という発言の野郎どもには軽蔑しかない。  一番のお楽しみはお昼ごはん。この時だけは酒田と2人で静かに食べる。  慶介がキッチンカーのランチを楽しみにしていて、それを邪魔されるのを事さらに嫌う事が周知されるのはあっという間だった。その代わり、お茶会タイムを要求され、アルファ達のお願いという押しに負けて渋々了承した。  慶介と話がしたい誰かが放課後にお茶に誘いに来て、フリースペースでおしゃべりをする。どんどん人数が増えるときもあるし、周りを補佐がガッチリキーパーして1対1で話す時もある。  また、どうしても慣れない習慣がある。  会話が終了しても帰らないアルファが時々いる。その時は手を差し出して、手の甲にキスをさせてやらなければならないのだ。  実際にキスをするわけではなく、匂い、つまりフェロモンを確認するための海外から輸入した習慣なのだそうだ。これにはもうひとつ意味があって、結婚相手を探しています。という意思表示でもある。  だから、酒田のような補佐は手にキスをしたりしないし、そうじゃないアルファは手にキスをやりたがりアピールしてくる。 「日本人の奥ゆかしさはどこに行った?!」  と、慶介が憤慨すると、 「頬にキスするよりマシだろ?」  と、ゾッとするような可能性があったことを知る。  お茶会タイムが終わったら自習室に逃げ込む。自習室はナンパ禁止なので、慶介にとっては聖域だ。  宿題をしたり自習室にある問題集を解いたり、本を読んで酒田の部活終わりを待つ。  先に帰っても良かったのだが酒田は試合に出るための部活練習じゃなくて基本動作や技の確認練習なので一通りの自己メニューをこなすとサッサと帰るので長く待たされることは稀だ。試合形式の練習は道場に行くそうだ。どうやら、そこで柔道の師範でもある景明にメタメタに凹まされているらしい。  帰宅後はゲーム・マンガ・TVの趣味の時間。  田村の家にいた頃、慶介はお小遣いが少なくマンガは友人が持っているものを貸してもらうしかなかったのだが、重岡が次々マンガを買ってリビングの本棚に何十冊も積読(つんどく)するので、つまみ食いのように手を出したらハマってしまった。  夕飯の準備は重岡の手伝いをする。元々料理ができたし、品数が増えるとみんな喜んでくれる。自分のことは自分でするという元々の習慣で洗濯物をたたむなど別の家事も手伝うこともある。  夜は酒田が宿題するのを見ながら、ネットサーフィンをして、最後は答え合わせで教え合う。そして、夜の筋トレをする酒田と一緒になって筋トレをするのが唯一の運動になってしまった。  時々、勉強としてバース性を題材にした小説を読まされたりするのだが、興味のない本というのはどうしてああも目が滑り、内容が頭に入らないのか。読んだふりすると水瀬が目ざとく指摘してくる。なんでバレるのか分からない。  一日の最後に酒田が景明にする業務報告を一緒に聞いて、問題があれば反省会をする。  これが慶介のいつも通り。 ***

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