18 / 50

第18話 大文化祭

*酒田視点です。 ────── 「なんで俺にだけカツラがあるんだよ?!」  文化祭直前、学校の授業は短縮授業で準備は最後の大詰め。  ヒートで居なかった間にどれほど作業が進んだのか楽しみにしていた慶介の期待を、衣裳チームの出した衣裳がぶち壊す。 「女装やんっ! いやや。化粧なんてしない。もうテンション下がる。男オメガの衣裳あったやん? あれは?!」 「作ってみたけど、毛色があってなくてやめる事になったんだ。──見てみるか?」  教室の空気は白けムードだ。慶介と酒田がやっているやり取りはもう1週間前に他の男オメガと散々した2度目のやり取りなのだから。慶介が嫌がるのも想定済みで、あらかじめ着替えてもらっていた男オメガにお出まし願う。 「な? ちょっとあってないだろ? 他の男オメガも同じ女装の衣装着るから──」 「他の奴らは小さいから良いよ! 俺、180やぞ? 悪目立ちするやんけ!」 「だから、せめて長身の美人になるように化粧しようって言ってるんだよ」 「それがヤダって言ってんだよ!!」  やだやだ言われたってどうしようもない。他の男オメガで短髪の子にはカツラを付けてもらうから、と説得してみたが慶介の納得は得られないまま、強引に衣装合わせは行われた。  化粧中、ふてくさる慶介にアルファの衣裳を見せた途端。「カッケ~!!」と、目を輝かせ、みんなを褒め称えはじめた。慶介が着る衣裳のサイズ合わせは、事前に酒田が着て確認済みだったので大した問題はなく終わった。  実はまだ、アルファ衣裳の仕上げが終わっていなくて、クラス総出で作業中なのだ、と聞いた慶介はせっせと手伝いを始め、酒田もクラスの皆も一安心と息をついた。  大文化祭は3日間、東京で行われる。  大阪校は2泊3日のスケジュールである。前日の昼に新幹線で移動。会場で準備という名の前夜祭があり、ホテルに宿泊。当日は9時開会、17時閉会、その後20時まで後夜祭がある。3日目は後始末をして昼頃に新幹線で大阪に移動。学校で解散。  酒田の心配はホテルでの宿泊だ。  ホテルでは、アルファ達はオメガが宿泊する部屋のフロアへの立ち入りを禁じられており、警備員が出入り口をがっちり監視している。  オメガは全員1人部屋なのでこちらのお願いどおり部屋に引き籠もってくれればいいが、他のオメガに誘われてパジャマパーティなどをされてしまったら慶介のベータ育ちが露呈してしまうかも知れない。直接の警護が出来ないことに大変不安があるが、僅かな安心材料はそのホテル内の警備を本多さんの会社が請け負っている事。なので、何かあれば景明と水瀬に頼れることだろう。  あと、本多さんは慶介の保護者として入場出来るので、当日は警備を途中で抜けて見に来る予定だ。 「はぁ~、ここにいるのが全員アルファとオメガだと思うと壮観だなぁ~」  新幹線の半分が貸し切りだ、と聞いた慶介が感嘆のため息をつくが、 「こぉの、アホ! ・・・ベータみたいな事言うなっ・・・!」  慶介の発言を聞いた近くのやつが、何言ってるんだ? みたいな顔をしたのを見て慌てて集団の列から離れ、慶介を叱りつけた。  アルファとオメガは産まれた頃からバース社会の柵の中だけで育つ。幼稚園も小学校も中学校も全てバース性だけが入れる学園グループの私立の学校に通う。バース性が未確定の小さいうちは家と学校をドアtoドア。ベータでよくある、帰り道に近所の公園で遊ぶ~! みたいな機会は無い。公園で遊ぶ時は『自然公園』という入場料が必要な公園にわざわざ遊びに行く。小学校低学年までは家と学校しか知らないと言っても過言ではない。小学校3年生の社会科目の「自分の住む街を知ろう」という授業で初めて外歩きをする子もいるくらいなのだ。だから、引きこもりがちなオメガのために小学校と中学校の間は月に1回の頻度で遠足などの課外活動があった。そのためバース性にとって団体行動は結構、日常的な光景であり、慶介の発言はいかにも田舎くさい、団体移動するバース性を外から見るベータの反応そのものだった。  その後も、移動途中にある土産物屋に反応したり、10台並ぶ輸送バスにまた、圧巻~! とか言い、移動中は「規律正しく、よそ見や無駄口を叩かない」を子どものころから徹底されているバース性たちから浮くようなことを繰り返し、酒田は慶介の行動予測が不十分だったことを反省した。また、年に一度しか遠足などがないベータ社会では慶介の反応が珍しくない事を知り、ベータ社会の勉強の足りなさに肩を落とした。  ただ、後から考えると、この慶介の行動はベータらしい反応というだけでなく現実逃避の一面もあったのかも知れない。  準備兼前夜祭は野外ステージで生徒個人の出し物、ダンスやミュージックライブ、漫才コントがある。芸能人のゲストを招く事もあり、今年は有名らしいミュージシャンが超絶技巧のギター演奏をして大盛りあがりだった。  いざ当日。  会場で衣裳に着替えた慶介は、化粧から逃げた。 「・・・お前は行けよ。俺、もうトイレに引き籠もってるから」 「そんなん出来るわけないだろ・・・」  なんで、こういうトラブルを当日の直前に起こすかなぁ? と、酒田は頭を抱える。  事前に学校で化粧も含めて衣装合わせをして、化粧をすれば男顔は隠せたし、長身の慶介はモデルスタイルでもあり、カツラも用意したことからデザイン画に最も近い見栄えだった。「イメージ通りだ」「よく似合ってる」と高評価だったが・・・ 「・・・おれもそっちがよかった・・・」  自販機の陰に隠れて体育座りでスマホを握る慶介の指先は白く、声から受ける弱々しい印象とは違って、内に隠した拒否感は強いようだ。 (・・・そうだよな、いくら似合ってるって言われても、本人が嫌なら・・・) 「制服に着替えるか?」 「・・・・・・いいのか?」 「ああ、集合写真だけ撮ったら、俺も一緒に制服に戻るよ。もし三位以内に入賞しても表彰式には出られないけど、元より貢献してないんだからいいだろ?」  パッと明るくなった顔が、一瞬後には再び俯向き暗い顔をする。 (・・・迷ってるなぁ。好きにして良いのに。・・・他の男オメガから聞いたんだろ? 男オメガの衣裳は最初から削られる予定だったって。男オメガを黙らせるためにわざわざテイストの違う衣裳の試作を作ったって言うんだから、タチが悪いよな。・・・お前がアルファの衣裳気に入ってるの知ってるよ。学校のことを話すなって、禁止されてるのに谷口と山口に写真送って自慢してたのも気づいてるからな。次はゆるさないぞー・・・。はあーぁ・・・、我慢、するんだろうなぁ。) 「・・・やっぱ、スペース、戻る・・・」  ベータの家にいた頃の様な、そんな顔しないで欲しい。逃げちゃ駄目だなんて、誰も言っていないのにどうして戻るんだろう。やっぱ我慢することに慣れてんのかなぁ。と、聞きたいこと、言いたいことが次々と浮かんでくるが今は慶介の決意を邪魔してはならない。 「そうか。・・・なぁ、慶介」  面倒そうに目線だけ合わせる慶介。 「俺だけは知ってるから。・・・お前が本当はアルファと同じ衣裳が着たくて、女装が嫌で、化粧が嫌で、でも、嫌なの我慢してクラスのみんなのために我慢するの、知ってるから。・・・俺だけは、分かってるから」  慶介の目に涙が滲んだ。鼻をすすり、明後日の方向を見て泣きそうなのを誤魔化すから、気づかないフリをしておこう。  酒田はあえて手を差し伸べず、慶介の心が整い立ち上がるまでたっぷり待った。立ち上がった慶介は出会った頃の固い表情をしていた。  戻った慶介は「いっそガッツリメイクして」と言って、女子たちが『病み系メイク』と呼ぶ化粧をすると沈んだ表情が色っぽく強調されて、目が合うとドキッとするような美人になった。  想像以上の仕上がりに盛り上がり始める女子たちが「胸にタオルを詰めて完璧にしよう?」と言い出して、本当は嫌なのにテンションが上がってしまった女子たちに「NO」が言えない慶介に代わり酒田は警護としてストップをかけた。  その後、慶介は殊更明るく振る舞った。  背景セット前の写真撮影のポージングもノリノリで応じて、俺たちいつも2人行動をしていたのに、この時の慶介は他のオメガらと集団行動をとり「飛び抜けてデカい女は実は男オメガの女装」という悪目立ちをあえてしてウケを取っていた。模擬店を回っている間も女に間違えられると「あらぁ~、アタシ、男オメガよぉ! 失礼しちゃうわ!」とオネェ言葉で返し、投票ヨロシクね☆と宣伝までしていた。  誰の目にも、文化祭を満喫しているように見えただろう。みんな、慶介が女装を気に入って機嫌が良くなったのだ。と思っているのだろう。それくらい慶介の作り笑顔は自然体だった。酒田も『夏休みのプール』を経験していなければ、慶介の笑顔に騙されていたと思う。現に、昼休憩で警備から抜けてきた本多さんと水瀬ですら、慶介の女装の仕上がりを褒め、トラブルなく楽しめているようで良かった。と言って、作り笑顔に騙されていた。  やっと、閉会式。  ウチのクラスが「テーマにそぐわないとして入賞を逃したものの、奇をてらったモチーフのインパクトだけに甘えることのない高い完成度で、特にアルファの衣裳は手間をかけたことがうかがえる最も高いクオリティでした」と、功労賞で表彰された時だけは、慶介も本当の笑顔を見せて喜んでいた。  閉会後、早く着替えたいだろう? と声をかけたが、慶介は断り衣裳のまま後夜祭に出た。 「着替えて良いんだぞ?」 「このあと仕事終わりの社会人が来るんだろ? 時間がない社会人は賞を取ったクラスの衣裳だけ見に来るはずだから。このままでいる」  その判断は正しく、賞を貰ったことで見物人は増え、話題になった長身の女装オメガである慶介を見に来る人も多かった。  慶介は文化祭が終わったあとも、ホテルや帰りの新幹線でも繕った笑顔を剥がすことなく楽しげに振る舞い続けた。  文化祭終了の達成感に満ちた浮ついたムードのみんなに「お先~!」と言って早めに切り上げて、学校に迎えにきた重岡の車に乗ったその途端、深く重い溜息をついて貼り付けたていた笑顔を捨てた。怒りと諦観の暗い顔になった慶介に 重岡が当惑していた。その顔も車の中だけで、玄関を跨いだ瞬間、いつもと変わらない『普通の顔』を作り、これに重岡はますます当惑してオロオロとしていた。  酒田は慶介が隠したものを自分の胸の内に収めるかどうか迷ったが、本多さん達と溝が出来るのは良くないと思い、慶介が作り笑顔をしていることや文化祭でのトラブルとその後にとった行動を報告した。  話し合いの結果、ウチでは文化祭の話題は禁止になった。 ***

ともだちにシェアしよう!