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第19話 女装の影響
文化祭後、慶介はバース社会の間で、バズったという状態になり「謎の長身女装オメガ」として顔が知られてしまった。
景明たちに禁止されていたSNSアカウントをクラスの女子達の強行で作られて、連日、メイクサロンとか撮影スタジオみたいな場所に連れて行かれ、プロの手によって女装に仕立て上げられ、映えスポットに行っては映え写真とやらを撮ってSNSにアップさせられ、言われるがままにしていたら慶介のSNSはみごとに女装アカウントになってしまった。
しかし、女装なんかしたくないという不満を飲み込んで女子たちの好きにさせたおかげで、慶介は男オメガたちと交流が持てるようになった。
その男オメガたちに遊びに誘われるようになったのだが、彼らの言う「遊び」とは「お茶会」のことだった。
会員制のサロンやクラブ、ラウンジなど、場所の名前は変わるがやることは変わらない。飲み物片手にひたすらお喋り。一応、室内で遊べるボードゲームは種類豊富に揃ってるし、それで遊ぶ事もあるけど、あくまで会話がメイン。
オメガたちは慶介という新しい男オメガの仲間入りを歓迎してくれたが、悪意があってのことではないにしても、個人情報を暴き出そうとするような質問攻めは秘密を抱えた慶介には苦痛の時間だった。ヒートの過ごし方や性交渉の経験人数などの極めてプライベートなことまで詮索してくるところなどはドン引きした。
話題も8割が恋愛関係でアルファの事をあれこれと好き勝手に評して、アルファとしての格がどうとか、家柄がどうとか、実家の資産がどうか、などと点数つけてアルファをランク付けするような低俗な会話はすごく嫌な感じで直感的に馴染めないと思った。交際相手がいないオメガはほぼおらず「彼氏に〇〇をしてもらった〜」的な自慢話のマウント合戦を見るのは辟易した。
(これなら、アルファとお見合いみたいなお茶会してるほうがまだマシかもしれない・・・)
オメガ達とは馴染めそうにないと諦めかけた時、声をかけてくれたのは夏休みの補習で仲良くなった野本くんだった。
野本くんのグループは婚約済みの男オメガばかりが集まったメンバーで、慶介の秘密を無理矢理聞き出そうとする強引な詮索もしないし、婚約者アルファの自慢はしてもマウント合戦するほどではなく、慶介は気が合う人がいて助かったとホッとした。
そして、このグループでオメガたちの話を聞いて、オメガの自由がいかに少ないかを知る。
オメガたちにとっての「外に遊びに行く」とはカラオケやボーリングなどの室内遊戯施設か有料自然公園を意味し、学校帰りのコンビニでちょっと買い食いしたり、帰り道の公園でダラダラだべるみたいなことはしない。寄り道などせずまっすぐ帰り、帰り道のルートも歩く速度もGPSで監視されている。
外出する際にはオメガ一人に付き警護が2,3人つくし、オメガが遊びに行くと聞けば婚約者や彼氏が付いて来たがって、オメガの友人同士で遊ぶ雰囲気は完全になくなる。なんだったら途中で二人で抜け出してしまうのだとか。
買い物も街をブラブラ歩いて気になったところにフラリと入るなんてのもなく、目的地を定めて最短ルートで店に入り、店舗の中をウロウロするのではなく、別室に案内されて商品を持ってきてもらいそこから選んで買うのだと聞き「時代錯誤のお貴族様か?」って思った。そんな買い物はやっぱり面倒なので大抵の買い物はネットショッピングで済ませ、店舗限定商品などは補佐のアルファに買ってきてもらうそうだ。
「それって、つまんなくないか? 自分で見て選びたいとか思わないのか?」
「なんで? 外に行ったら危ないじゃん」
「そうだよ。見て選びたいならネットで買えば良いだけだし」
「それにさ、パパが買ってくるおみやげとか、彼氏が選んでくれたプレゼントとかの方が嬉しくない?」
「「だよねー」」
外を危ないと認識していることに驚きながらも腑に落ちる感覚があった。
常に監視され、まるで軟禁でもされているような彼らの生活に窮屈さを感じるのは、慶介がベータとして生きていた時間があるせいだ。自転車に乗って友達とショッピングモールに行ったり、友達の家の前でダラダラ喋ったり、暇な休日に一人でフラッと本屋に行ったりしていた経験があるからで、そういった経験がない彼らは慶介の思う自由 を知らない。だから不満を感じることもない。そもそも「外は危険」と教え込まれていれば外に出ようという気すら起こらないのだろう。
根本的な認識の違いを知り、慶介が感じている窮屈さや退屈を共有する相手がいないことに寂しさを覚えた。
結果として、慶介が愚痴を言える相手は本多の家のアルファたちだけ。苦言や説教をしないという点では酒田一択。
「オメガって、ほんとに自由がないんだな」
「そうだな。俺たちアルファはオメガのためと思ってやってるが、アルファの都合が良いようにしているだけだろ。と言われたら言い返せない部分もある」
「これに慣れなきゃいけないのか・・・」
妙な息苦しさを感じてネックガードを引っ張ると酒田の視線が厳しくなり、ついベータ時代が懐かしくなってしまったが、もうあの頃には戻れないと解っている。
夏のプールで思い知ったベータがオメガに向ける居心地の悪い視線を何度も頭の中で反芻し、湧き上がった寂しさや懐かしさを心の奥深くに沈めた。
*
スーパーからクリスマスソングが流れるようになると文化祭の話題は下火になり、女子に連れ回されなくなった慶介のSNSは更新が止まり、みんなの話題がクリスマスに移っていく。
クリスマスシーズンは告白シーズンでもあるそうだ。1年生はパーティやらで賑わっているが、3年生は放課後のお茶会でのアピールに真剣味が増し学校全体に妙な緊張感が漂う。
どうやらアルファたちには、このタイミングで交際を婚約の本決まりに持っていき、正月に親族が集まる場で『婚約できました』と報告したいという希望があるらしい。
そのため12月は婚約の成立が最も多く、冬休みの公認お見合いパーティはそのあおりを受けて参加人数が減ってしまうので、風紀委員は何とか人数を集めようと『お誘い』と『お願い』がしつこい。
「君がフリーなのも知られてて、名指しで聞かれるんだ。『あの長身女装オメガの本多君は来ないのか?』って。今回は理由もなしに断れないと思ってくれ」
景明たちが、今年のお見合いは無視だな、と言っていたが、慶介がバズってしまった以上スルーは無理そうだ。と対策を話し合っていたある日──
「田村 クン」
「はい?」
名前を呼ばれて慶介は振り返った。
振り返ったところで呼ばれた名前が『本多』ではなかったことに気が付いた。あっちゃ~という顔まで見せてしまい、慶介が自習室だったから気を抜いていた。どうしようと悩んでいる内に、慶介を田村と呼んだ男は、ニヤリと笑うとあっさりと去って行った。
あれは見覚えのある顔だった。慶介の正体を突き止めようとしていた特定班の1人だ。一時期は本当に鬱陶しかったが、最近は大人しかったそいつが慶介を田村と呼んだ。ある種の確信をもって声をかけていたように感じた。おそらくは、慶介の返事で決定的に、完全に特定した。という感じだろう。
慶介は取り急ぎ、酒田に報告した。
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酒田は、慶介を重岡の車に押し込むと、口止めをするために特定班の男の元に走った。
「福富、何が目的だ・・・!」
「やぁ、酒田~! 目的なんてないよ~。俺は、ただ知りたいだけ。ずーっと気になってたことが解って、いま、すごくスッキリした気分だ」
「・・・要求は、無いのか?」
「無いよ。付き合ってくれとか、ヤらせて欲しいなんて言わないさ」
特定班の1人である福富の言葉に一旦、肩をなでおろす。怖れていたアルファの要求の1位2位は回避された。
「はぁー・・・、田村の名前はどうやって知った?」
「これ。元同級生とかかな? 本多の女装写真見て感づいた奴が卒業アルバムを写真撮って比較画像をSNSにアップしてた」
福富はSNSの投稿のスクリーンショットを酒田に見せた。今の慶介と見間違うことのない顔写真の下に田村慶介の名前もあり、否定しようがない。これを投稿したアカウント名を確認して検索しようとしたら、
「いやー、間一髪だったね。俺が見つけてから1日も経たずに投稿が削除されてたからな」
すでに対応済みか、と思いつつも確認のメッセージだけは飛ばす。本多の家では、慶介の女装が投稿されてから個人情報が特定されないように重岡が対応していたはずだが、間に合わず見つかってしまったのか。
「たださぁ、なんで本多が公立中学校の卒アルに乗ってるのか? が、わかんねぇんだよな。なぁ、なんで?」
「さぁな」
「えー、教えろよ―。教えてくれなきゃ仲間に画像配って理由の特定始めちゃうぞ?」
「てめぇッ・・・!」
酒田は福富のスマホを奪って画像を削除してやったが『クラウド保存もしてあるし、自宅のPCにも保存してあるよ』と言われ、データの隠滅の難しさに歯ぎしりした。
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・次の更新は、明日の11時になります。
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