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第21話 本多の本家

「本家に『お前のところにオメガがいるんやてなぁ』と言われたワシの気持ちがわかるか!? お前からこそっと教えてくれても良かったやろ!」  慶介の祖父に当たる人が突然やって来て、景明に喚いていた。慶介はその人と顔を合わせぬように、その声を階段の下でこっそり聞いていたが、結構な時間お怒りを発散したあと『例のオメガを連れて挨拶に来い!』と言って帰っていった。  この件で、信隆は景明に急遽大阪に呼び出された。 「流石に放っといてもらえないか。今からスーツは作れないから、着物で良いだろう。買いに行くよ」  慶介の着物は堅苦しいばかりの1店舗目を出て、和モダンを謳う2店舗目で信隆のお目に叶う着物を見つけてご購入。  慶介的には下着が襦袢(じゅばん)じゃなくてタートルネックとあったかインナーのモモヒキに変わったので楽で良いt思うけど、着物そのものは1店舗目で見たのと違いは分からなかった。素人でもわかる違いは羽織(はおり)にクレマチスとかいう花の刺繍が入ってるところくらい。  年末、年越しの前のタイミングで『本多家』の一族が本家に集まる会合があるらしい。    『本多家』には大阪、北海道、九州、地元、東京に2家、合計6つの分家がある。  慶介の父、信隆は地元分家の人だ。『酒田』もむかーしに分かれた本多の分家の1つらしく、どうやら慶介の実家とその本家の本多は、バース社会でも10本の指に入る歴史ある名家だった。  昔は金も権力もあったが今は大した資産もなく、権力からは程遠い名ばかりの名家になり、年に1度の会合も、分家の当主が集まるただの近況報告会になっている、と景明が教えてくれた。  今や、会合にしか使われない本家の本拠地はわりと田舎にあって、周りの景色は街から田園、山裾の林を抜けて更に奥地ㇸ進んだ。  到着した先は、古くて広い立派な日本家屋。  ずらりと並んだ黒塗りの車たちに『ヤクザの集会か?』と一瞬思っちゃった。  旅館の部屋みたいな8畳間に案内されると『さすがにオメガがいると部屋も良いな』と景明さんがボソッと言った。  オメガが家の宝と言われるようになってから、報告会の最後に、各家で産まれたオメガの顔見せがあるそうだ。慶介の他には北海道の分家からきた7歳の女の子と東京の分家からきた5歳の女の子がいた。  今年のオメガを紹介する的な言葉の合図で開けられた襖の向こうは、やっぱりヤクザの会合みたいだった。みんな黒っぽいスーツでずらりと横並びであぐらをかいて座り、それぞれの後ろには警護が控えて、オメガの女の子たちを見て顔が緩まなければ任侠映画のワンシーンになっただろう。  呼ばれて前に出て挨拶をする。女の子が緊張しながら名前と年齢を言うと和やかな空気に包まれた。次は自分だと待つが呼ばれない。『あれ?』と思ううちに女の子たちが帰されて、慶介たちだけ残された。  やっと呼ばれると、和やかな空気は消え、冷たい視線を向けられた。 「分家の本多に、男のオメガを養子に迎えた」 「私、信隆の実の息子、本多慶介です」  慶介が口を開く前に信隆が頭を下げたので、慶介も合わせて座礼した。頭を下げて5秒数えて体を起こす。練習通り。 「いやいや、本多の信隆くん。もう少し説明してくれないと。実の子どもと言うが、君、結婚していたのかね? 伴侶は連れてきてないのか?」 「結婚はしていません。番もいません。慶介の母親はベータの女性です」  どよめきが走る。『信じられない』と一族たちが驚きと疑いの目で慶介を見る。その懐疑的な視線は自分の存在を認めない排他的な感情がむき出しで、うつむくな、と言われていたのに顔を下げてしまった。そのせいで、本当なのかと疑う声が増えてしまった。景明から本家当主にDNA鑑定の結果が差し出され、間違いない。の一言で一応の疑いは晴れた。だが、次は『なぜ今まで黙っていた?』と攻められた。 「私は本多家と縁を切っているつもりでしたから。この子も本多を名乗らせていますが、本多家の者とは思っておりません」 「その割には警護に、君の兄と、・・・あれは酒田のところのだろう? ずいぶんと身内を使っているじゃないか。これで縁を切っている、と言えるのか?」 「諸事情が有りまして、私が引き取れなくなったのを兄が助けてくれただけで、本多家を使っているつもりはありません」  険悪ムード。 「まぁまぁ良いじゃないか。我々は信隆くんを勘当したつもりはない。もし、縁を切っているつもりだったのなら、今回を機会に帰ってきてはどうだね? 助けは多い方がいいだろう?」 「いえ、本多家にご迷惑をかけるわけにはまいりませんので」 「16歳とはいえ、オメガの子を1人で()育てるのは大変だ。助けはあった方がいい」 「・・・今後も兄を頼らせていただきます」  探り合いの会話は信隆のほうが負けたようだ。本家当主の顔に余裕を感じる。 「うんうん、今やオメガは宝だ。大事にしないとな」  そそくさと帰る準備をしていたら夕食に招かれた。  お膳がずらりと並ぶ宴会みたいな光景。案内された席は分家当主たちより本家当主に近い場所。 (こういう席って経験ないんだよなぁ。)  慶介が身構えていたほど、話しかけられることはなく、皆、信隆の方に根掘り葉掘りと質問をしていたし、一族の世間話は景明が答えていた。  皆の質問攻めが落ち着くと、信隆と慶介は本家当主に手招きされた。  近くに寄り、正座する。  当主がついと(さかずき)を出すと、信隆が酒をつぎ当主が飲む。同じ盃が信隆に渡され、当主が酒を注ぐと信隆が飲む。慶介も同じ様に酒を注ぐように指示されそうすると、お返しに酒をつがれてしまった。  盃を持ったまま戸惑う慶介。周りをキョロキョロすると『口をつけて飲む振りをするんだ』と信隆に言われた。盃に口を当て、唇の先にアルコールの刺激を感じたところで止め酒が残ったままの盃を当主に返した。  すると、当主は酒の残った盃を持って立ち上がり、皆の注目を浴びる中、外の庭へ向かった。酒をぺっと払い捨てると、おもむろに腕を振り上げて盃を地面に叩きつけた。  陶器が割れる鋭い音に身をすくめた慶介と平然としている信隆に当主は穏やかな声で言った。 「これで君も本多家の一員だ」  慶介はギョッとしたが周りは納得の顔。驚きが過ぎさると唐突に理解した。 (あれだ。兄弟の契りってやつだ。)  ──やっぱ、ヤクザじゃん!  泊まっていきなさい。と言われたが『妙齢のオメガをアルファと同室には出来ません!』と言うオメガのおばあさんの一言で慶介の部屋だけ離れに用意された。  それも洋室じゃなく和室だ。襖一枚だけ隔てた向こう側にはオメガの女性たちがいる状況に慶介はドン引きした。 『絶対に嫌、酒田たちと同じ部屋のほうがマシ、もしくは今すぐ大阪に帰りたい』  抵抗した慶介に、本家当主から『まだ話がある』との伝言を聞かされ帰れなくなった。  離れを嫌がる慶介とアルファと同室など言語道断と許しませんおばあさんのオメガ同士の睨み合いに、信隆が『ホテルに泊まる』と終止符を打った。  本当はバックレたかったが、宿泊していたホテルにまで迎えが寄越されて本家へ戻ってくると昼食に招待された。  昼食は掘りごたつの個室だった。昨日の夜の会食は着物のせいであぐらをかけず、足が痺れて辛かったのでホッと息をついた。 「学校はどうだね?」 「学校ですか? 楽しいです」  的外れな返答だったためか微妙な空気になる。慶介は信隆にヘルプの目線を送る。 「そういう意味じゃなくて、良いアルファがいたか? と聞かれてるんだよ」 「え? 良い人・・・いやー・・・あんまり、考えたこと無い」 「それは、良くない。高校は結婚相手を見繕う大切な時期だ。よく考えなければ。わからないと言うなら、周りが──」 「言葉を挟んで申し訳ありませんが、慶介はベータの男として育ってきました。オメガと判明してからまだ8ヶ月です。そういった話はまだ早いかと」 「こういうのは早い遅いではない。きっかけが大事だ。一度、婚約者を持ってみたらどうだ?」 「いえ、慶介に婚約者はいりません」  婚約者という言葉に慶介はギョッとして『婚約者なんて要らない。頑張れ、父の信隆さん!』と信隆に熱いエールを送るが・・・。 「信隆君、それはオメガのための言葉か? 君の都合ではないのかね。既に相手を用意しているとでも?」 「いえ、その様なつもりはございません。まずは自由恋愛で制限の無い中で慶介自身に選ばせたいと考えております」 「であれば、我が家の末の子を婚約者に据える。20歳までは自由にアルファを探しなさい。20歳になって相手がいなければ、ウチのアルファと婚約だ」 *** ・次の更新から、明日の朝6時に戻します。

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