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第33話 警護の心

*酒田視点です。 ────── 「酒田! 聞いてんのか!」 「っ!!?」  椅子の脚を蹴られた衝撃でやっと補佐仲間の板倉(いたくら)の呼びかけに気づいた。昼飯に誘われていたらしい。  コイツとは幼稚園からの付き合いだ。  同じ三男で、ある意味、産まれた時から補佐役が決まっている人生が同じで。将来は警察官と公言していた酒田は、決められた人生のレールに納得がいかない反抗期の板倉が愚痴をこぼすのをよく聞いてやった。  今は、海上保安庁だったか、海上自衛隊だったか、どちらかを目指しているはずだ。  酒田は、慶介がヒートの期間だけ板倉と行動を共にする。今日の昼の弁当も人気(ひとけ)のない自転車庫のアスファルトにあぐらをかいて食べる。 「おうおう、この裏切り者め。オメガひでりの人生を誓い合った仲のくせに、ぽっと出のオメガなんかにコロッと靡きやがって。普段は目も合わせねぇくらいに無関心なてめぇの、聞きたくもない惚気をわざわざ聞きに来てやる俺の律儀さに感謝しろ。さぁ、今日も聞いてやるよ。童貞男の気持ち悪い語りをよぉ~」  板倉には慶介の出生も生い立ちも秘密も、大抵の話を共有している。そして、酒田が慶介に向けるささやかな好意も板倉は知っている。まぁ、板倉はそれを『ただの恋』とあしらうが。 「童貞はお前もだろ」 「童貞(・・)を馬鹿にしてるんじゃねぇよ。童貞の気持ち悪い語り(・・・・・・・・・・)を馬鹿にしてんだよ。分離すんな。そんで?」 「慶介が・・・。慶介は今、永井の服を届けてもらっているらしい。永井のフェロモンが無いと腹痛になるんだ、と・・・」 「はぁ。それが羨ましい、と?」  終始『うざってぇ』という投げやりな喋り方なのは、信頼厚き親友でもちょっとムカつく。 「そうじゃなくて。今回は学校だから永井の服も届けてもらえるし、永井をシャットアウトも出来る。でも、次のヒートも同じ様に腹痛が起きたら、どう対処したら良いんだ? 永井の服がないと腹痛になるのだとしたら、永井は提供してくれるだろうか? ヒートの相手をさせろと言ってくるんじゃないか? そしたら、それをあの人(信隆)が許すだろうか? ・・・到底、思えない。でも、そうなったら苦しむのは慶介だ。俺は・・・、何もしてやれない・・・」 「そーですねー」 「いっそ、永井と番になるように誘導すべきかと思ったのに、本多さんは『ニュートラルでいろ』って言うんだ! 何なんだニュートラルって? 警護は依頼主のアルファの従者になってはならないし、オメガに惑わされてもならない、って分かってるけど・・・。俺はただ、慶介に・・・、・・・慶介が困ることが無いようにと配慮してやりたいだけなのに。俺は慶介に惑わされてるんだろうか?」 「えーえー、惑わされてると思いますよ、()に」 「そういうんじゃなくて──」 「友達ごっこで必要もないのに、頭ナデナデして、こっそり項の匂い嗅いで、気分は恋人ですかー?」 「2回しか嗅いでない!」 「2回もやれば十分有罪だよ!」  箸がすすんでいない酒田に、食えと促し板倉が喋る。 「ただ、まぁ、ヒート中に腹痛になるのは問題だよな。それが運命の番のせいだとするなら、解決方法は2つ。永井に頼るか、別の相手と番うか、だよな。別の相手と番ってしまえば、腹痛もさすがになくなるだろ。・・・お前さ、期待したいならそういう顔をしろよ。『別にボク、そんな事考えてませんケド?』みたいな顔すんな。キショいわ」  『そんな顔してない。普通だ』と反論したいが、口の中の米を飛ばすわけにはいかないので、睨むにとどめる。 「本多がさぁ、すんなり永井を番にすりゃ解決する話なんだが? 様子を見るに、照れ隠しで拒否ってるようには見えねぇしな」  その通りだ。  家に帰ってきた慶介は、まず玄関の壁に一発、頭を打ち付け『クソッ』と悪態をついている。そして、すぐにシャワーを浴びて永井のフェロモンを洗い流す。酒田は慶介の脱ぎ捨てた制服と自分の制服を、永井対策のために購入したホームクリーニング機に入れて脱臭を重点的にする。  風呂から上がった慶介は、テレビ前の筋トレスペースで横になって寝る。自室のベッドで寝ろと声をかけたこともあるが『ここが良い』らしいのだ。ストレッチマットのすぐ近くにはソファもあるのに、ストレッチポールを抱きまくらにして夕飯まで眠るわけでもなく、ただ静かに横になっている。  夕飯後は授業ノートの確認に酒田のと自分のを見比べる。時々、フェロモンに気を取られて授業が聞けていないのだ。抜け部分は、酒田の記憶で出来る範囲で説明をして書き写す。  こんな様子なら抑制剤を強めれば良いのでは無いかと、本多さんに聞いてみたところ『慶介の薬は常用薬の中でも十分に強いものを使ってるからなぁ。追加分を常用すると、トラブルが起こった時に使える薬が減ってしまう』と、言われ現状が限界ギリギリなのだと知った。 「まだ、オメガになって1年だ。性自認を変えろなんて、矯正されたってすぐに出来るものじゃない。ゆっくり慣れさせてやりたかった」  ある日、突然オメガだと言われた慶介は今までの常識をひっくり返され、突然現れた肉親から1つしか無い選択肢を選ばされて、何も知らないままバース社会に連れてこられて、オメガになったからという理由で色んなものを捨てさせられた。 「俺たちだって『君は誤判定オメガでした』とか言われたら、バース社会で生きてきた俺たちですら困惑するのに、慶介は、社会も常識も違うところから来たんだ。もっと困惑するに決まってる。なのに、それを誰にも頼れないし相談も出来ない。・・・慶介はベータの頃も孤独を耐えてきたのに、今も孤独なままだ。・・・なんとかしてやりたいけど、俺は・・・」 「友達ごっこも禁止されたし?」  あの一件は堪えた。板倉は『友達ごっこ』と茶化すけど、酒田自身も警護が補佐対象と友達みたいな気兼ねない距離感で接する関係を一緒に楽しんでいた。  距離感の指摘を受けた時、酒田は慶介と違って、それとなく匂わされた上での『警護に戻れ』だったからまだ耐えられるショックだったけど、突然言われた慶介は本当に辛かっただろう。  あのときの慶介を思うと、今でも、本当に胸にこみ上げてくるものがある。 「必要なのは分かるけど・・・、警護の域を越えてるのもわかってるけど、・・・くっ」 「いや~、恋ッスね~。そんなんで警護ができるんですかぁ~?」  スン、と真面目な警護モードに入る酒田。 「それは大丈夫だ」 「俺、お前のそういう所、尊敬してる」  ごみを1つにまとめながら、板倉は続ける。 「ただまぁ、警護を辞めてアプローチをかけたくても運命の番が現れたんじゃぁ、どうしようもねぇよな。あの永井ですし? 勝ち目ありませんし? 挑む度胸もないですし?」  おちょくるように煽られても、ぐうの音も出ない。  酒田は子供の頃から、あの永井に勝てた試しがないのだ。幼馴染とは言え、永井が東京に行っていた中学の間、連絡をとったことなどなく、昔はまだ同列に並べていた柔道も、鍛えた筋肉と技のキレは永井の方が格段に上がって、今では片手で捻り潰される実力差になった。  それに、永井が現れなくても、酒田はやっぱり警護を降りるなんて事はできなかっただろう。板倉の指摘通り、度胸がない。  確かにオメガが欲しいと思う気持ちはある。項を噛んで自分のものだけにしたいアルファの欲望もある。  でも、手が届くかも知れないチャンスに飛びつくよりも、慶介が本当に欲しがる友達に近い警護の立場の方が良いと思った。  永井の存在を知る前からそう思って警護でい続けたが、結果的に、警護のままにしておいて良かったと思う。  板倉の言う通り、同じアルファという土俵では、酒田は永井に勝てないけど、力と技で負けていても警護なら守れる物があるかもしれない。それに、警護が守るのは体だけじゃない。むしろ心さえ守れば、慶介みたいに体つきの頑丈な男自分で危険から遠ざかり逃げることができる。 (俺は、時間をかせぐ)  慶介が納得して、決心して、自分の手で選び取って、運命の番を受け入れるための時間。その時間を警護として守り通す。  だから、それまでは、例え運命の番であっても、慶介の心が決まるまでは邪魔はさせない。 ***

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