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第35話 2人の関係

*酒田視点から始まります。 ──────  風紀委員権限なら授業をサボっても許される。  酒田は、慶介をカウンセリングに連れていき、バース育ちの事情を知っているカウンセラーに、運命の番について正しい知識が身に付いていないので説明してやって欲しい。と頼んでから、木戸の指定した会議室に向かった。  喧嘩腰で待つ永井を見て、身震いが起こる。警護対象という心の支えが無いままで、どこまで永井の威圧に耐えられるだろうか・・・。  そんな酒田の考えを裏切り木戸が言ったのは、 「ここでするのは喧嘩ではなく、秘密の開示だ。酒田、僕は永井に本多の秘密を説明すべきだと思う」  木戸の独断に酒田が慌てる。秘密があることすら隠してきたのに、なんてことを言うんだ。 「き、許可は出ていない」 「なら、今すぐとれ」  本多家のルールにすら介入するのかと木戸の横暴に、酒田は渋々ながら本多さんに電話した。  酒田は、教室で永井と威圧を出してやり合った事、慶介が運命の番を勘違いしていた事、風紀委員の介入を受けて秘密を明かせと言われた事を説明すると、本多さんは長い沈黙のあと、許可を出した。  木戸に許可が出たと言えば『では、開示しろ』と言った。 「慶介の母親はベータなんだ」  酒田は慶介の出生の秘密を明かした。永井は吃驚している。  酒田も自分で調べて知ったが、ベータとの間にバース性が産まれるのは自然妊娠で三つ子を産む確率程度だと計算上出ていて、現実の統計でも似たような数字が出ている。  バース性が激減した日本では、夢物語どころかファンタジーのように思われているが、海外のバース性が十分にいる地域では、非常に稀だがありえる話として『出来るアルファとワンナイトで妊娠するベータ女性のシンデレラストーリー』というものが一部の人間には常識として浸透している。  ベータからバース性が産まれることを認知していないのは日本だけかも知れない。  続けて、ベータ女性から産まれた慶介は当然ベータ社会で育ち、去年の今頃に初めてのヒートを迎えてオメガだと判明したばかりで、バース社会の事も、オメガという性のことすら、まだまだ勉強しなければならない程に無知なオメガであることを告げた。 「頼む。けして、無知に漬け込むような卑怯をしないでくれ。一生に一度きりの項を騙し盗るような事だけは・・・」  酒田は真摯に訴え、あとは永井の良心に祈るように期待した。  運命の番のことを勘違いしていた様に、細かい部分ではまだまだ勘違いや解釈違いの部分があるかも知れない。  そんな酒田の意を汲んだのか、木戸が驚くべきことを言い出した。 「僕は風紀委員だからね、全ての生徒に学生の本分を全うしてもらいたいと思っている。その一環として、学校行事を楽しむ権利があると、僕は考える。去年の7月に転校してきた本多は大運動会をまだ知らない。──よって、風紀委員として、永井に『大運動会までのアプローチ禁止』を命ずる」 **  アプローチの禁止を出された永井の行動は事細かく木戸に指摘を受け、昼飯を一緒に食べることもできなくなった。  永井に許されたのは、いちクラスメイトとしての距離感。慶介の要望である『友達からやり直せ』を木戸が汲み取ってくれたおかげだ。  永井は熱い訴える様な視線を投げてくるが、接触やアプローチや告白の言葉はなくなり、慶介はやっと欲しかった平穏を得た。  そして始まったのが、大運動会の練習。  大文化祭と同じで学園グループの姉妹校と合同でやる学校行事。  生徒数だけでも2000人を超えるのにどう競技をするのかと思ったら、個人競技と団体競技の2種があり、個人競技は陸上競技を各学校で予選をして、成績上位が本番でレースをするらしい。  熱いのは団体競技であるクラス単位でやるおもしろ競技だ。ほぼ毎年同じで1年の時は『玉入れ』と『ムカデ競争』をしたらしい。今年の2年は『大縄跳び』と『華のステージ』をする。  去年の大運動会の記録映像を見せてもらって笑った。ムカデ競争はまさかの妨害ありの大混戦だったし、玉入れのゴールがなんと軽トラの荷台。中央に用意されている玉の量は尋常じゃなく、玉入れを競うというより中央の玉をいかに多く自陣に運ぶかという荷運び競争だった。そして計測は個数じゃなくて重さという雑さにも笑った。  2年と3年のすごい結束力の高い競技には魅入ってしまった。  練習が始まって、あの結束力にも納得がいった。  文化祭と同じ様に通常授業は短縮授業になり、毎日、授業枠2コマも使って練習をしたのだから。  その中で知ったのが、永井と酒田の関係だ。  あんなに剣呑な空気でぶつかり合う2人が、大縄跳びの回し役をする時には息がピッタリなのだ。 「それもそうだよ、2人は幼稚園からの幼馴染だからね」  と、同じく幼稚園からの知り合いだと言う竹林と板倉、小学校からの知り合いの木戸が、2人の昔を教えてくれた。  幼稚園の頃。酒田はモテモテで、永井は嫌われ者だった。  永井は大人のアルファにも喧嘩を挑むくらいにアルファ性の気性が荒くて、気に入ったオメガは後ろ襟を掴んで引きずり回し、独占しようとするのでオメガからは本当に嫌われていた。  当然、永井は同級生にも喧嘩を売り、相手が屈服するまで叩きのめす。竹林と板倉も屈服させられたので幼心に染み付いた恐怖があって永井は怖いそうだ。ところが、酒田だけは負けても負けても『気にしない』という心の強さがあった。そのため、永井に対抗できたのが酒田だけだったので、永井から逃げたいオメガはみんな酒田にくっついていたそうだ。  小学校に上がると二人の立場は逆転する。  何をやらせても1番の永井とそれに劣る酒田。永井の気性の荒さは負けず嫌いへと変化し、勉強、運動、音楽のあらゆる方向でも発揮され、一番になるまで徹底的に練習する努力家になった。そして、性に目覚め始めたオメガたちは永井の強く輝くアルファ性を魅力的と評するようになった。  一方の酒田は何をするにも最後の一押しや、追い上げがないので成績はいまいち。いかにも補佐アルファという位置に落ち着いて、運動関係では永井に引っ張り出されて練習に付き合わされていたそうだ。わざと負ければキレられて、そのくせ永井が勝つまで続けられ、まるでサンドバックのように扱われていたと板倉が言った。  この頃から酒田は負け癖のついた補佐アルファや、永井の劣化版などと呼ばれるようになった。とか。  中学で2人の進路は分かれる。  幼稚園の頃からやっていた柔道で、勝つ気のない酒田と違って永井は一番になりたがった。小学生の柔道大会にも優勝し『ゆくゆくはオリンピック金メダルかな?』なんて大人の言葉を本当にする勢いで、強化選手に選ばれるべく強者の集まる東京へ行ったのだそうだ。 「酒田が一歩引いてる時の2人は阿吽の呼吸とも言える程に噛み合うけど、酒田が抵抗を見せると喧嘩が始まるんだ」 「しかも、永井は酒田を叩きのめそうとするし、酒田は負けてもへこたれない。勝負なら時間制限で終わるけど、喧嘩には終わりがない。2人がマジの喧嘩を始めたら、止められるのは本多だけだろうな」  竹林は『頼んだよ』と爽やかに笑い、板倉は『止められない俺たちを許してくれ』と冗談っぽい言い方をしたが、2人の言葉の中に『ほんとマジ頼む』という本音が見えた気がした。  個人競技の800mの予選で慶介は校内では好成績を残したが、学園グループ全体のタイム成績では本番出場タイムにギリギリ届かなかった。  酒田は本気出せばどの競技にも良いところに食い込みそうなのに、本気を出さず予選を敗退した。だが、本人いわく『力加減を間違えた』という砲丸投げで出場権をとってしまい、辞退できないかと大運動会委員会と交渉して、結局、負けていた。  永井はなぜか、全ての個人競技を棄権していた。 ***

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