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第37話 大運動会

 大会当日。  風紀委員の木戸から出されていたアプローチの禁止も解除され、永井は慶介の背中にべったりだ。頭や肩に顎を乗せてきて、愛の言葉を耳元で囁くなど、好き勝手しようとしてくるのには鳥肌が立ったので、手にキス以外は酒田の背中に回って逃げ回った。  そんな感じで、ホテルまでは普通だった様子が変わったのは、会場で東京校の生徒の姿を見てからだ。浮かれていた空気がピンと張り詰めて、永井が急に黙って明らかに東京校の生徒を避けていた。  観客席で生徒代表の宣誓式を聞いたあと、偉い人の話になった時、永井から威圧フェロモンが漏れ始めた。 「どうした?」 「東京校の校長だ」  それ以上は何も聞かなかったけど、たぶん、永井を学校から追い出したのがあの校長なのだろう。投げ座りでジャージのポケットに両手を入れて、俯向き、眉間にしわ寄せながら目をグッと閉じていた。  慶介は、永井の眉間を親指で持ち上げ、子供がにらめっこでやりそうな変顔を永井の顔で作った。最初は固く目を閉じていた永井が不満げに目を明けると、不満げなへの字口と相まっていい感じの変顔になった。 「ぐにぃー・・・ふはっ、イケメンもこうすりゃ大抵はおもろくなるな」  笑った慶介はタックルをくらい、胸骨に受けた衝撃で漫画のやられ役みたいな声が出た。突撃してきた永井からはすーはー、すーはーと匂いを嗅いでいる音がしたので好きにさせた。  開会式が終わり、個人競技のために皆が移動したりする中、永井の腕は緩まない。慶介が控えめに『もう大丈夫か?』と聞いたら永井は『体操服プレイの想像したら勃った』と言った。慶介は、優しくしてやったのにすぐ調子に乗りやがって、と遠慮なしに蹴り飛ばした。  大運動会中、観客席でじっとしているのがつまらないからと、いろいろな競技を見物しに行くが、永井は東京校の生徒を見るだけでピリピリとした微弱な威圧のフェロモンを出した。  三人の中で唯一競技に出場する酒田の砲丸投げの予選を見に行こうとした時、永井は付いてこなかった。  それもそのはず、砲丸投げには例のあの男がいて余裕で予選を突破していた。酒田は予定通りの手抜き成績で予選を敗退し『これで警護に専念出来る』なんて言っていた。  砲丸投げの見物から戻ってきたとき、永井の周りの観客席は無人。威圧フェロモンのせいで、ウチのクラスだけでなく周辺のクラスの生徒経ちもが避難して、教師が数人、監視役に来ていた。 「本多くん、待ってたよ~。なんとかして~」  周りに献上されるように永井の前に突き出され、仕方なく『ハグ、していいぞ』と腕を広げたら、それからは一瞬たりとも離して貰えなくなった。しかも、ちょっと隙を見せるとジャージの中に手を入れてきたり、胸をまさぐってくるので、その都度、酒田に助けを求めた。  酒田は永井の首根っこを掴んで『今のは本当に必要な事か』とか『匂いだけって話だろ』と、猫を叱りつけるように怒ってくれたが、今の永井はデカい猫だ。  猫は説教を聞かない。何回言っても繰り返すので、慶介は酒田の側から離れられなくなった。永井が慶介の背中にくっついて、慶介が酒田の服を掴んでくっついて、酒田が行く先々に連なり歩く姿は、電車ごっこかドラクエごっこの様だった。  酒田の砲丸投げを見に行った以降、個人競技の見物はやめたせいで実に暇だった。  その暇はほとんどの生徒も同じなようで、その暇つぶしにと作られたのが、次の競技の勝者を当てる投票ゲームアプリである。この投票ゲームの得点は各学校の競技点数に加算されるので、競技で勝てなくても、そもそも競技に出場していなくても得点を得られるというシステムだ。  団結して情報戦を繰り広げると投票ゲームだけで相当な点数を稼げるらしい。  クラス競技の成績は上々だった。  大縄跳びは、時間内に飛んだ累計回数が得点になるので最後まで気が抜けない。うちのクラスは途中で2回も失敗してしまったが、やり直しが早く上手くいったので点数は稼げた。  華のステージは、永井と酒田と慶介の長身組を中心に軸を作り、内側の人が外側の人をガッチリと掴むスタイルで、全校全クラスでウチと東京校の2クラスのみが最高得点を得て同率一位となった。  でも投票ゲームの得点は皆、適当にしすぎたので散々だった。  3年のクラス競技は、永井が背後から威圧をビシビシぶつけて来たがじっくり見させてもらった。  7人8脚リレーと、しっぽ取りゲームは映像で見るよりも迫力があり、特にしっぽ取りの試合は面白かった。  オメガだけが尻尾をつけていて、とった尻尾の数が点数になるルールで、人数の多い東京校は攻め手も多いが守るべきオメガも多いなか、北海道と九州と大阪の地方組が連携して東京校を狙う。弱いオメガを守りつつ相手から尻尾をとってくるという戦略と戦略のぶつかり合いはとても見ごたえが合った。  来年、自分たちもやるのが楽しみになった。  3年のしっぽ取りゲームを最後に大運動会は閉会。  その後は、後夜祭が始まる。  北海道のバースコミュニティが提供してくれるジンギスカンなどのバーベキューが振る舞われ、ソフトクリームなどのスイーツのキッチンカーが出店し、野外イベントの様相となった。  日が沈む頃には結構でかいキャンプファイヤーに火が入り、なかなかの迫力。北海道の夜は思った以上に寒かったので、自然と皆がキャンプファイヤーの周りに集まっている。  すると、なんと、ダンスが始まった!!  アレだ、海外映画のホームパーティで盛り上がってるシーンで夫婦とかカップルとかが気軽に踊りだす感じの、チークダンスとか言うんだっけか、アレが始まった。  次々に人々がペアを組んでダンスの輪に混ざっていく中で、永井も立ち上がり、その目が期待に煌めく。 「慶介、行こうぜ!」 「──はぁっ?! ぃ、いやいやいやいやいや、行かない、行かないからっ! 踊れないって!」 「踊り方なんてあってないようなもんだ。大丈夫だって」 「いやいやいや、ちょ、ちょまっ、さ、酒田ぁ!」  永井に引っ張られたら慶介なんて軽い。ズルズルと引っ張られるのを酒田にしがみついて踏ん張ってもらう。 「酒田、離せよ」 「だめだ、恥ずかしがってる。こういうところがベータ育ちでバース社会に馴染んでないところだよ。でも・・・そうだな、踊りたかったら同じクラスの野本と竹林、あと板倉も呼んでこい」  『なぜ、野本と竹林? 板倉?』とポカンとする慶介だが、永井はスマホでサクッと三人を呼び出した。 「野本、すまないが、慶介がむこうに混ざるのが恥ずかしいって言うから、こっちで一緒に踊ってやってくれないか?」 「え~? しかたないなー、本多くんは恥ずかしがり屋さんなんだから~」  野本は竹林の手をとって軽く踊りだし、それを見た酒田は板倉とペアになって踊りだした。  板倉が叫ぶ。 「あ”あ”ーー、アルファ同士で踊るとか中学の授業以来だよっ! お前と踊ると女役になるんが腹立つんじゃ~、くそがぁ~、縮め~! ──うぜぇ、しゃがむな!!」  ここまでお膳立てしてもらって踊らないのは、板倉に申し訳ない。慶介も永井の手を取り、野本を見本に踊ろうとしたがやっぱり良くわからなくて、ほぼ永井に引っ張られていたと思う。  恥ずかしさは、主に板倉の恨み言のBGMのおかげでほとんど感じなかったと感謝を告げると、野本が『ご褒美だよ!』とばかりに板倉の手を取りダンスを踊ってやると、板倉は『野本様ぁ~、ありがとうございます~』と喜んでいた。 *  あんなにべったりだった永井も団体行動の移動中は大人しくなる。これが幼少期から刷り込まれた団体行動の習性か、と教育の偉大さを噛み締め、身軽になった体で無駄に肩を回し、伸びをして自由を味わう。  帰りの飛行機で隣の酒田に聞いてみた。 「俺さ、永井とくっつくべきなんかな?」 「・・・何で、そんな事、思ったんだ?」  酒田が警戒モードに入って、いつもより努めて穏やかな作った声が返って来た。  唐突すぎた、と思いながら『深刻な悩みじゃなくて、もっと気軽に、聞いてみただけなんだよ~』という風に努めて明るく答える。 「ぃ、いや~? みんなが? 運命の番は一緒になるべきみたいに言うし〜? その方が、丸く納まるんかな〜? なんつって・・・」  鼻でゆっくりと息を吐いて、ため息を隠す酒田のこういう本当に些細な事が慶介に安心感を与える。 「周りは気にするな。一生に関わる事を同調圧力で決めたら絶対に後悔する。項は一生に一度きりだ。ベータみたいに離婚とか出来ないから、ちゃんと自分の心で決めろ」 「酒田はどう思ってんの?」 「俺は、慶介が決めたことなら何でも良い」  酒田の目と言葉がまっすぐに慶介を捉える。  慶介の迷いを肯定してくれるような、迷いを消してくれるような、何かそういうものを感じる。 「じゃあ、永井はないな」 「・・・・・・なんでだ?」 「えー? 正直言うとさ、俺、永井の性格あんま好きじゃない。友達の友達くらいなら付き合えるけど、友達にするにはちょっと。しんどいわ」 「ふふっ、しんどいか。確かに永井はしんどいな。・・・くくっ、それは俺も保証するわ。ははは、ふふ」  何がそんなにツボに入ったのか分からないが、酒田が笑いを堪えながら笑っている。  板倉たちから、酒田と永井たちの昔話を聞いた今は、酒田の言葉の重みが違う。  幼少期から絶対王者だった永井に対する酒田の感情を思えば、今、警護として慶介を守るためにどんなに頑張って、どんなに踏ん張っていてくれているのか、と思えば深い感謝以上の、なにか熱い気持ちが胸に込み上げる。 「酒田、いつも、ありがとな。頼りにしてる」 「ああ、まかせろ」 ***

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