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第45話 保護者達

 ついさっきまで流血沙汰、一歩手前の喧嘩をしていたというのに、二人して何もなかったかのような顔して、いつも通り永井は慶介を重岡の車に乗るまで見送りをした。  酒田も何事もなかったような顔をしていたのだが『手が腫れているような気がする』と言って、ランニングに行くフリをして医者にコッソリ行ったら、まさかの骨折をしていたため、喧嘩のことを隠せなくなってしまった。  その日の業務報告。  喧嘩の件を隠そうとしていたことまでバカ正直に打ち明けた酒田に『お前、アホなの?』と水瀬が本当に冷たい目で言ったのには、さすがに『俺のためだったから、そんなふうに言わないでやって欲しい』とフォローに入った。  最後に、喧嘩をふっかけた理由を問われて酒田は言葉に詰まった。  すると、慶介は自室に戻るように言われて追い出された。 **  景明は簡潔に問う。 「自分で決めろ。どうする?」 「警護を続けさせてください」 「できるんやな?」 「はい」  下がって良しと手で払い、下がるように命じ、階段へ向かう背中を見送って、ふぅむ・・・と腕を組み、考え事に耽る。  景明にとって永井は一等優秀だが、酒田は一等特別だ。  オメガにお母さんみたいな匂いと言われた酒田の相談に乗った時、コイツは天性の警護かもしれないと思った時から自分の後継者にすべく、幼い頃から手塩にかけて育ててきた。  酒田は、常に景明の期待に答えてきた。勝ちたい欲を抑えてでも警護対象を守らせ、それこそが真の勝利だと教え、勝てなくても負けない戦い方を精神論から叩き込んだ。オメガに対する姿勢や警護としての危険予測能力、観察眼を身に着けさせ、景明が持つ技術を注ぎ込んできた。  最後は、手が届きそうなオメガの警護をさせて、自ら番になれる可能性を捨てて警護を選ばせるという最後の試練を予定していた。  都合の良いオメガがいないかと探していたところに、たまたま転がり込んできた慶介を使ったのだが、想定外にも慶介の方が酒田を気に入ってしまった。  普通ではない、実にイレギュラーなオメガの慶介に酒田も警護としての能力を伸ばし、ドンドン引き込まれて、信頼を寄せ合う二人は本人たちに恋の自覚がなくとも相思相愛だった。  1人の大人として若人たちの淡い恋を応援したい気持ちもあったが、景明としては、酒田にはオメガを求めるアルファの本能を抑え込み、警護に徹すると決意してくれる方が理想的だ。そして、やはり、自分の後継者としたい思いが強かった。  景明の思惑と信隆の意向から、二人には警護としての距離を保てと引き離した。そこに、永井という運命の番が現れた時には、『これで慶介も運命を選ぶだろう』と思ったのだが、これがまさかの拒否。そして、夏に慶介がハッキリと酒田を好きだと認識してしまった。  今さら『酒田を諦めて永井にしろ』とは言えなくなり、だったら酒田に『引け』と言うつもりだったのだが、今回の喧嘩の件を見るに、想定以上に酒田の心は慶介にのめり込んでしまっている。  景明も、ただ、意地悪で二人を引き離そうとしているわけではない。酒田と番わせてやってもよいのだが、番ったとしても腹痛の不調が続くという最悪のリスクが残っている。これを避けるためにも、慶介には時間をかけてでも永井と番うように誘導し、酒田のことは一時の気の迷いと切り捨てさせるか、プラトニックな愛人にでもすれば良い。と考えていたのだが、肝心の永井の方が引いてしまった。 (本当にこちらを振り回してくれる)  慶介はどれもこれも、景明の想定を越えてくる。こんなに楽しい警護は無いと、やりがいに燃えているが、悩ましいという気持ちもある。  手塩にかけた天性の理想的警護の完成と、甥っ子が望む幸せ。選べるのは片方だけ。 「信隆、お前はどう考えてるんや?」 「慶介の番はあのカスアルファだ」 「ほお? リスクはどうする?」 「駄目だったときは、アレを殺す。慶介には番い直しをさせる」  オメガの項は傷害に一度きりたった一人のアルファとしか番になれないはずだが、非常に稀な例に、番と死別したオメガがフェロモン相性の良い相手と番い直しができる場合があるのだ。おそらく、運命の番であろう慶介と永井なら番い直しは高確率で成功するだろう。  その手があったか、と感心したが、その場合、慶介は人形になる確率も高い。人形で良いなら最初から永井と番わせておけばよいのに、なぜ、酒田と番わせるのか。 「運命の番がそんなに気に食わんか?」 「慶介の望みを通しただけだ」  それはつまり、酒田の命より望むようにするという約束の方が大事という事か、とため息が出る。これもアルファの本能で、アルファ性の気性が強いと極端なオメガ至上主義になりがちになるものなのだ。 (信隆なら、本当にやりかねないな・・・)  手塩にかけて育てた天性の警護をそんな形で失うわけにはいかない。 「酒田が生きてる方が慶介は喜ぶんじゃねぇか?」 「なんでも良い。結果的に慶介が薬を止められるならどんな方法だろうと構わない」 「いつまでと、期限があるなら、コチラでそのよう(・・・・)にするが?」 「高校卒業までに薬を止めさせたい。20歳までには目処をつけてくれ」 「(うけたまわ)った。まずは永井が引いた理由を調べるか」 「金は好きにしていい」  さて、どの堀から埋めるか。と景明は自分の理想を実現すべく企てを夢想した。 ** 「酒田、怪我、大丈夫か?」 「ああ、大丈夫だ」  慶介が怪我をした手に視線を落とすと、酒田は見やすいように持ち上げてくれる。  小指側の手の甲の骨にヒビが入っているらしい。ヒビと言えど骨折。骨折と言えば石膏で作るギブスだと思っていたが、金属プレートがついたものを当てて包帯で固定するだけの処置しかされていないらしい。色々あるんだな。と、まじまじ見ながら聞いた。 「酒田、何であんな事したんだよ?」 「・・・女装、嫌がってると思って」  だからといって、それが即、暴力につながるとは思えない。酒田らしくないし、別の理由があるんじゃないかと思って酒田の目を覗き込むがそらされた。教えてくれそうにはない。 「今回は、もう書生さん衣裳があるって分かってたから『仕方ねぇな』はあの場のノリだったんだ」 「そう、なのか・・・」 「でも、ありがとな。たしかに、あそこで言質とられてたら後で言い訳するのも苦労したかも」 「そうか」  酒田の雰囲気が暗くて、明るく言ってみたが変化はない。  すぐに降りてきたけど、もしかして上で警護を外されるとか、嫌な話とかになったのだろうか。 「あの、警護はどうなんの? 怪我してる間は外れるとか・・・」 「いや、永井が大人しいままなら継続するはずだ」 「はぁ、良かった」  慶介の考える嫌な予測は外れてくれた。 「俺、警護は酒田がいい」 「望まれる限り、ずっと警護だ」 「ずっと、って。じゃあ、死ぬまでって言ったらどうすんだよ~」 「ずっとはずっとだ。慶介がいらないと言うその日まで。俺は警護だ」  冗談のつもりで言ったのに、酒田の目が暗いままだったから、ちょっと後悔した。  本当は、警護としてじゃなくて、友達以上の関係でいたいんだけど・・・、まだ、その方法は思いつかない。 ***

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