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第46話 禁じ手

*酒田視点です。 ──────  前回の二の舞いにならないよう、慶介のヒート前は永井の方が対策をとることになったため、永井は明日から2日休む。  部活終わりに酒田は最後の確認をした。 「永井、この二日と慶介の入院で約2週間、慶介がいないのに、服、本当に要らないのか?」 「要らね。次のヒートも入院なのか」 「経過観察でな」  酒田は、一応持ってきていた慶介の服をカバンにしまい直した。それを永井があえて見ないようにしているのを感じて、欲しいなら素直に欲しいと言えばいいのに、と内心、首を傾げた。 「酒田、お前、慶介のことどうするんだ?」 「どうって、何が?」 「いや、腹痛の事とか」 「今回も続くようなら今後も入院らしい」 「そうじゃなくて、・・・リスクの話だ」 「リスク?」 「酒田・・・、お前、知らないのか?」  永井がきつく眉を潜めて睨んでくるが、酒田にはさっきから永井が何の話をしているのかさっぱり分からない。 「だから、さっきから何の話だよ? 慶介の何? 腹痛ってヒートの時になるやつだろ? 体に異常はなくて精神的なものだってことしか俺は知らん。病院関係は全部、本多さんの担当だからな」  慶介が隠している何らかの秘密は病院関係かも知れない。思えば、様子がおかしくなったのも退院してからだ。ただ、病院関係だとしたらどこまで探って良いものか・・・。  いや、警護に徹すると決めたのだから、もう酒田には関係のない、知る必要もないことだ。 「酒田、・・・慶介と、番わないのか?」 「・・・・・・は? なんで俺?」  突然の永井の理解を超える発言に、唖然とした。  ──なぜ、慶介と番うと言う話になるんだ?  ──いや、運命の番はおまえだろう? 「俺が、慶介と番ってもいいのか?」 「だから、なんで、俺に許可を求めるんだ」 「俺が(・・)本当に(・・・)番になっても(・・・・・・)いいんだな? (・・・・・・)」  同じ質問を繰り返されて、苛立ちで固定している左手の包帯が皮膚に食い込んだ。 「番になるかは慶介が決める事だ。許可をとるってんなら、相手は本多さんか信隆さんだろ。俺は・・・関係ない」  ? 警護の自分、酒田は苛立った気持ちを振り払った。もし、番になるとしても、永井には運命の番が嫌いな信隆さんが立ちはだかることだろう。 「なら、俺の好きにさせてもらう」  急に怒り出した永井は、道着をロッカーに叩きつけて部室から出て行ってしまった。  戻って来るかと思って、しばらく待ったが戻ってこないため、あちらこちらに顔を出して探したが、誰も永井を見ていないと言う。  ──胸騒ぎがする。  酒田はカバンを引っ掴んで、自習室へ走った。  慶介がいなくなっていることに嫌な予感がますます高まった。周りの人間に聞いたら『永井が来てたぞ。帰ったんじゃないのか?』と言った。  慶介が酒田を置いて帰るはずがない。永井の荷物も柔道場のロッカーに置きっぱなしだ。 (どこに行った・・・)  その瞬間、強い誘引フェロモンが廊下に広がった。フェロモンを感じたオメガたちが抑制剤を飲み、アルファたちは警戒を強め、酒田は走った。  その誘引フェロモンが永井のものだったからだ。  永井の誘引フェロモンは、自習室から2番目に近い避難スペースから漂っていた。 「永井ッ!!」 「フゥー・・・、気がはやり過ぎて、鍵閉めるの忘れてたな」  永井はスマホ片手に誘引フェロモンを更に強めながら立ち上がった。永井が動いたことで慶介の姿を確認出来たが、慶介はベッドにもたれ掛かり、床にペタンとなで座りをして、明らかに正気を失った様子で、何かブツブツと喋っている。 「キャメルはぁ、覚えてぅんだよ? 45、2、105。へへ、しがにぃびわこー、なんやでぇ。でもー・・・、これぇあーなんやったかなぁ・・・、んー・・・」  ゾッとした。永井は、誘引フェロモンで正気を失ったオメガから暗証番号を聞き出す禁じ手を使おうとしていた。  酒田はベルトに差した緊急抑制剤を抜き取り、蓋を捨て、ペン型注射器を握った。  永井と酒田は威圧をぶつけ合い、睨み合う。  本物の刀を使った居合い試合かのように、ジリジリとにじり寄り、間合いと隙を伺う。  先に動いたのは永井だった。一合目は数秒で決した。緊急抑制剤を狙って伸ばされた腕はフェイントで、酒田は空いた胸ぐらを掴まれ一本背負いのように投げられてしまった。  それでも手に握る緊急抑制剤だけは死守した。酒田が永井に勝てる唯一の武器であり、最後の切り札。  しかし、永井に緊急抑制剤を打ち、慶介を回収するなんて余裕はどこにもなかった。。  もみ合いになっても、注射は避けられるか、手をはたき落とされ、怪我した左手が使えない酒田に勝ち目はどこにもないように見えた。  酒田は最後の手段をハッと思いついた。と、同時に行動に移し持っていた緊急抑制剤を、永井ではなく慶介に打った。  それを高笑いをする永井。 「もう、完全にヒートに入ってる。緊急抑制剤は効かない!」 「これはただの緊急抑制剤じゃない。打ったのはアルファ用の緊急抑制剤だ! 打てば意識を失い、深い睡眠状態になる。暗証番号はもう聞き出せないぞ!」 「なッ・・・!!」  ラット化した永井に使われた事もあるアルファ用緊急抑制剤。  一般的な緊急抑制剤は、オメガの誘惑フェロモンを抑えるために打つ薬であり、その中身は興奮を抑え性欲を減退させる効果のある薬剤が入っている。なので誘惑に惑わされたアルファにも鎮静剤として使われる。  だが、アルファ用緊急抑制剤は目的が違う。興奮した凶暴なアルファを鎮めるために使われるので、中身は意識を消失させてしまう昏睡薬が入っている。  通常状態の人に打てば数分で意識を失い、眠ってしまう。本来は医師や警察などしか使えない抑制剤だが、酒田はそのような危険な薬をラット化の恐れがある永井への対策として、景明から支給されていた。法的にはかなりアウトに近いグレーだが、警備保障会社の社員も使う事ができるので、酒田は名前だけの社員になりアルファ用緊急抑制剤を持たされていたのだ。  アルファ用を打たれた慶介は数分もかからず、眠ってしまうことだろう。暗証番号を聞き出される恐れはもうない。  あとは、この部屋の通報ボタンを押せば教員がかけつけ、慶介が回収される。酒田の目が通報ボタンをチラリと見た。  それだけで永井は酒田の意図を見抜き、顔を歪ませた。 「チィッ・・・」  大きく舌打ちをした永井はボタンの前に立ちふさがり、通報ボタンの前で攻防を続けた。  永井は酒田の背後を取り、ペン型注射器を持つ手を掴んだまま部屋から引きずり放り出した。投げ飛ばされた酒田が体勢を整えるよりも速く、永井はアルファ用緊急抑制剤を酒田の手ごと蹴って、遠くへやり、その足で酒田の怪我のない右手首を踏みつけ馬乗りになった。 「なら・・・暗証番号はてめぇに教えてもらおうか」 「・・・な、なん、の、こと・・・」  酒田は動揺した。実は、酒田は慶介のネックガードの暗証番号を知っていたからだ。  ネックガードを買った時、試着で毎日違うネックガードを付けたら、暗証番号を忘れて困ったことがあってから、慶介が酒田に暗証番号を書いた紙を預ける様になった。本多さんや水瀬に知られればクビキリ案件のレベル。  だから、暗証番号を知っているのは2人だけの秘密だった。 ──それを、何故、永井が知っているんだ?  永井がニヤリと笑う。 「前にな、慶介に『暗証番号を教えてくれよ』って言ったら『お前には教えねぇよ』と言ったんだ。違和感があった。慶介の性格ならそこは『誰が言うか』だと思わないか? でも、お前には(・・)と言ったんだ。──つまり、誰かには教えてるんじゃねぇかと思ってなぁ。慶介の周りは全員、未婚のアルファだ。父親ですら未婚、本多さんも、本多さんの秘書、運転手、それからお前。オメガの家人はいない」  酒田は驚き、呻く。マンションが特定されてから警戒していたのに、いつの間にか慶介と同居している事も、家の事情すら知られている。 「普通なら親に教えるところだが、あの執着の強い父親に教えるとは思えない。じゃあ、知ってるのは誰だ? 警備会社に勤めているような人間には言わないよな? ・・・なら、残るは、お前だ」  永井は酒田にさらなる威圧を放つ。酒田も威圧を出そうとするが動揺もあって、強い威圧が出せなかった。 「フフ、フハハハッ・・・、暗証番号のことは単なる当てずっぽうだったのに、お前は本当に・・・、簡単なブラフにも狼狽えて。あの父親が言う通り、まさしく、カスアルファだよ。だから、ちょっと威圧を食らうだけで・・・」  永井は相手を屈服させるための威圧を浴びせた。酒田は馬乗り状態から脱出する隙間すら見つけることが出来ず、完全に身体が硬直してしまった。  そして、永井は酒田の髪を掴み、至近距離で目を合わせる。 「さて、暗証番号、教えてもらおうか? ・・・1つ目はなんだ? 1か? ・・・2・・・3・・・4・・・、いや3だな。ははっ、動揺しすぎだ。バレバレだぞ。次は──」  6つの数字を酒田から読み取った永井が、慶介のスマホに入力すると、カコッとロック解除の音が鳴る。  これでネックガードはただの飾りと化した。もう慶介の項を守るものは何も無い。  永井は酒田を一瞥することもなく、ピシャリと扉を締め、施錠の音が廊下に響いた。  その間、酒田は呆然自失。  へたりこんだまま、動けなかった。 ***

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