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第47話 最悪の経緯

*酒田視点です。 ──────  酒田は喧嘩を聞きつけた教員に声をかけられたことで、ハッとして訴えた。 『永井が慶介を誘引フェロモンで正気を失わせて、避難スペースに連れ込んでしまった。今すぐ、鍵を解錠してくれ。早くしないと、慶介の項が噛まれてしまう』  すぐに対応してもらえるものだと思っていたのに、教員と警備員の返事は『それは出来ない』というものだった。  避難スペースは、発情してしまったオメガが不特定多数のアルファから逃げるための場所でもあるが、アルファが婚約者や番になるつもりのオメガの発情に一時的に応えるための場所でもある。  酒田は『連れ込まれた』と表現したが、中にいる本人たちが合意しているかどうかは傍から見れば分からない。穿(うが)った見方をすれば、永井をよく思わない酒田がヒートの相手をしている永井の邪魔をしているとも言えるのだ。  また、避難スペースの防犯システムの上でも開けられないのだという。緊急通報ボタンが押されない限り、外からの解錠は出来ないし、中で本当に強姦が行われている場合は危険察知システムが声の調子やワードを検出して警備員にアラートの連絡が来る。  酒田は青ざめた。  その危険察知システムは作動しないし、緊急通報ボタンが押されることも絶対にない。  だって、慶介はアルファ用緊急抑制剤で昏睡状態なのだから・・・。  ワナワナと震える酒田に、教員と警備員は肩を落としてこれは事故だと言った。  酒田が警護アルファとしてとった対処は完全に間違っているとは言えない。悪くない方法だった。  でも、アルファが誘引フェロモンで暗証番号を聞き出す禁じ手をとったら抵抗できるのはオメガ本人だけだ。  学校では、事故も犯罪も起こらないように設備や仕組みを試行錯誤して数を減らしてきた。それでも、完全にゼロにすることは出来ない。ヤる側が本気でヤればいくらでも隙はできる。 『だから、これは、事故だ』  酒田は震える手でトラブル発生の通知を飛ばし、本多さんには電話をして、慶介が永井に誘引されてヒートになり避難スペースに連れ込まれたこと。ネックガードが外されてしまった可能性が高いこと。学校側は避難スペースの鍵を開けられないと言ったことを伝えた。 *  間もなく、本多の家の人間が全員が集合した。  本多さんが改めて警備員に避難スペースのシステムの話を聞くと、使われているシステムは慶介のヒートシェルターでも使っているシステムと同じだった。  リアルタイムで中の様子を見れるのは警備会社だけだ。当然、その会社に電話してみたが『個別の要求には答えられない。アラートは鳴っていないため、解錠もしかねる』という返答。避難スペースと言う場所柄、利用はあくまで短時間と設定されているので36時間後になら外から解錠が可能だと言われた。  景明が顎をさすり、独りごちる。 「ネックガードの暗証番号を聞き出すとはなぁ。永井のやつが最近、大人しかったのも慶介を油断させる策略やったか。ふーむ、慶介も答えたということは『憎からず思う』ってやつか?」  酒田は堪らず、土下座した。 「すいませんッ! 俺のせいですッ!」  酒田は経緯を話した。  意味の分からない永井の質問と怒って出て行った会話のこと。避難スペースでやり合って負けて、最終手段だったアルファ用緊急抑制剤を慶介に打ち込んだこと。秘密にしていた慶介の暗証番号のこと。永井のブラフでバレた上に暗証番号を聞き出されたのは、酒田のせいであること。 「お前はなんてことをッ・・・!! 暗証番号を預けるなら金庫でいい所を・・・っ! 酒田ぁ、お前ぇ・・・、慶介を騙したんだな! どうせ、暗証番号を知っている愉悦感に浸りたかったんだろうっ! 信頼されてるとでも思いたかったか!? そんなものが信頼されてることになると思っていたのか!?」  水瀬が声を荒げ、酒田はしでかした罪の重さに謝る言葉を言うことすら躊躇われた。  景明は思った。  項を噛まれた慶介はもう、永井から離れる事はできなくなった。しかも、その原因を作ったのは酒田だ。  慶介は酒田を恨むだろうか。いいや、許すだろう。そして酒田は生涯悔やみ、慶介に贖罪を続ける。  永井も無理やり奪った項だ。慶介が酒田を側に置きたいと言えば拒否しないだろう。  景明が想像していた『慶介が永井と番ったあとも酒田を警護として近くに置いて仕えさせる』という形だけは成る。  経緯は最悪だが──・・・ 「結果として、これで良かったんかもしれん」 「薬を止められるか?」 「慶介が永井と番になった以上、医者があの薬を処方することはない。慶介が欲しがっても、もう手に入らん」 「くす、り?」  本多さんと信隆の会話が耳に入り、酒田は恐る恐る顔を上げ、思い出すのは永井との会話。 (そうだ、永井がリスクがどうとか言っていた。) 「・・・慶介は、何か、その、止めなければならないような薬を飲んでたんですか? 過剰摂取は、なくなったんじゃないんですか?」  景明が守秘義務だという警護の顔をしたが、信隆が顎でしゃくり、許可をだした。 「慶介が秘密にしてくれと言うから黙ってたが・・・。慶介は、将来的に脳に障害がでる副作用の強い薬を、毎日飲んでた。永井という運命の番を、拒否するためにな」 「そ、そん、な──」 「それ以外にも、運命の番を拒否すると残るリスクがあってな。それをどうするか、考えてたんやが・・・、こうなってしまえば、慶介も永井を番として受け入れざるを得んやろう」  景明は胸の内で思う。  これもある意味、慶介自身が招いた結果だ。酒田に秘密にしたいと希望したからこうなった。  酒田だって薬の事を知っていれば、もっと永井を警戒していたかもしれん。運命の番の事情を知っていれば、動揺して喧嘩をふっかけ怪我をすることもなかった。もっと言えば、慶介が酒田のことを好いていると知っていれば、酒田は本気を出して永井と対峙出来たし、暗証番号は死んでも答えなかっただろう。 (好きな言葉じゃねぇが、自業自得ってやつだな) ***

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