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第48話 後悔の夜
*酒田視点です。
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ここに居ても何も出来ることがないとわかった信隆は自宅に帰り、本多さんと水瀬は警備員室で待機させてもらうことになった時、酒田は『もう帰って良い』と言われたが残ることを選んだ。
ヒートが終わった時、最初に『おつかれ』と出迎えるのは酒田の仕事だったから。
下校時間もとうに過ぎた学校は警備員が巡回するためにつけられた最低限の明かりと緑の誘導灯のみが光る。
酒田はフラフラと校内をさまよった末に、最長36時間ロックされる避難スペースの扉の前で呆然と立ち尽くしていた。
慶介が飲んでいた薬は『ベータ擬態薬』と呼ばれ、オメガ暗黒時代のオメガたちがベータに紛れて働くために飲んでいたフェロモンに反応しなくなる強力な薬。副作用が大きく脳に障害が出る危険な薬でもあり、日本のオメガが激減した一因にもなった。
現在、多くの海外では手術中や外界と遮断されるような特殊な環境下でのみ使用が許可されるこの薬が、この国ではまだベータが多いため危険性が理解されず、常用可能なほどに処方できる。
その薬の存在も、危険な薬でも処方されるということも知っていた。警備保障会社で特別な任務につく時、使うことがあると聞いていたから。
(でも、まさかオメガに処方するなんて、あり得ない。・・・あってはならないだろ・・・)
でも、慶介はその薬を飲んでいた。
友だちになっても良いと思いはじめていた永井を、運命の番を、命を縮める薬を飲んででも拒否していた。
番になることを避けるだけではなく、フェロモンすら拒絶していたのに・・・
永井に暗証番号を聞き出す『禁じ手を使う』と決断させたのは脳天気に何も分かっていなかったあの会話だ。きっと、永井は慶介が薬を飲んでいる事に気づいていたのだろう。
だから、何度も確認していた。
守るべき対象に、本人が拒否する最も危険な存在を、迂闊にも近づけて、肝心な時に守れなかった。警護失格だ。
最後は、アルファとしての格で負けた。負け続けの人生だけど、負けてはならない場面だった。
でも、勝てなかった。微塵も敵わなかった。せめて、左手が使えたら警護として守れただろうか。
どうせ、無理だ。永井に力で勝てるワケがない。アルファ用緊急抑制剤を手に取ったのも間違いだった。永井に勝てるかも知れないなどと夢を見てしまった。部屋に飛び込んだら、即刻、緊急通報ボタンを押すべきだったんだ。
(そうすれば、最後の手段などと言って、慶介を昏睡状態にすることもなかった──)
せめて、慶介の意識があったら、薬を飲む覚悟を決めるほどの強い意志がある慶介自身なら、永井の誘引フェロモンを拒否し、暗証番号の聞き取りに抗い続けられたかも知れない。それを出来なくしたのも、暗証番号を盗み取られたのは警護の酒田だった。
水瀬のいうとおり、暗証番号を知っている事に愉悦感に浸っていた。そうしなければ慶介の友人ポジションに収まる永井に、唯一無二の運命の番という存在に対する妬ましさが押さえられなかった。ネックガードを外せる立場であることで自尊心を満たしていた。
しょうもない男の嫉妬をしたばかりに、こんな事になってしまった。
避難スペースからは音も光も匂いもしない。シェルターと同じ構造だから、中で何が起こっているかを知ることは出来ない。わかったとしても、扉が開かぬ以上は外から手を出すことも出来ない。
──慶介の項が、噛まれてしまう。
脳内では、艶めかしく誘う慶介が、獰猛な獣の永井に項を噛まれて、恍惚とした微笑みで『おまえのせいだよ』と笑う。
──許してくれ!
──やり直させてくれ!
──なかった事にさせてください。
──誰に言えば叶えてもらえる?
──どの神に祈ればいい?
胸の内で慟哭する。
(・・・バカバカしい。分かってる・・・、分かってるんだ)
──後悔。
それ以外の言葉はない。絶望ではない、文字のごとくだ。
取り返しの付かない事をした。
慶介は腹痛というリスクを抱えてでも永井と番わない選択をして、更にはフェロモンに反応する事すら嫌がった。
そのために払う代償はあまりに大きく、確か、10年程度で脳に記憶障害が出たはずだ。高校の2年と大学の4年、そこから数年で、慶介は記憶障害が始まり出していたかも知れない。そんな薬を飲んでいたから、慶介は夏休みにベータたちに泣いたのだ。
あの夏の約束は、入院からたった3ヶ月だった。でも、それを決めた慶介の決断はとてつもなく重く、一粒飲むごとに抱えた不安はどれほどのものだったろう。
──教えてほしかった。
──独りで抱えてほしくなかった。
──せめて、支えてやりたかった。
(だが、自分は、何も言わずにいられただろうか?)
たぶん、無理だ。あの危険な薬を飲むくらいなら永井のことを番として見るように勧めただろう。慶介が死んでしまうより、永井と番になってでも生きていてもらう方が断然いい。たとえ、慶介が望んでいなくとも。
いまも、慶介の意志を守れなかったという絶望と後悔の暗闇に『これで命は助かった』という一枚の免罪符が目の前でちらつかされている。
自分の大失態を帳消しにしてくれるその一言に、すがりつきたくなる。
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