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第2話

一度、顔を殴られた時、匡は酷く怒りをあらわにした。ハルは殴った相手を決して口にはしなかったが、匡は突き止めその相手をボコボコに殴った。怒らせたら怖い、というイメージを植え付けた一件でもあるが、そういう印象を植え付けたにも関わらず、普段の温厚な人柄と、家柄の地位もバックにあるのか、周りには人が絶えたことがない。 ただ、本人のスケジュールがびっしり詰まっているので、学校以外での交友関係はほとんどないのが実情だ。たまに行われる交流会で顔を合わせる程度だ。その時にもハルは同席をさせられるが、会場の隅っこに立ち、匡のいるところをずっと見つめているだけだ。社交界という場所において、ハルの居場所は無い。 たまに同じ立場の付き人という人と会話をすることがあるが、ハルよりも年上の人が多く、話してみるとまた、有名どころの会社の秘書だったり、御曹司の付き人だったりと様々な人間がいた。主人に恥をかかせないように、頭をフル回転させて会話をする。 笑顔を絶やさず、色んな話を聞いていると、まだまだ自分の知らない世界があるのだと教えられてる気がして、最後には『お勉強になりました』と言ってその相手との話を終える。 中でも、かなり若い部類に入るハルに対して色々な作法などを教えてくれているのだろう。知らないことも確かに多くあった。 ただ、そういった交流会の後の匡は酷く不機嫌だった。送迎の車の中でも一言も口を聞いてくれない。不機嫌の理由を匡自身も理解してない様子であり、彼も言葉を選びかねているようだった。ただ、ハルは匡の様子を伺い、匡は言葉を探してるように見えた。 定期的に参加している交流会だが、声をかけられる時は決まって不機嫌になる。ただ、一人でずっと待っている時には帰りの車の中でも多少の会話があるのに…… 「……ハル、帰宅したら、後で俺の部屋にこい……」 その日の帰りには、絞り出すように出た言葉はその一言だけだった。 「……はい、かしこまりました。湯浴みをして身なりを整えてからお伺いします」 ハルは表情も変えず、淡々とその言葉を受け止め主に返す。 「必要ない。荷物を置いたらすぐに来い」 「……かしこまりました」 まだ、学校で受けたいじめの形跡は躰から消えていない。たまに苛立ちの憂さ晴らしに服を破られることがある。破かれたからと言って何がある訳でもないのだが、普段着なら替えもきくが、パーティー用の服はまだ数少なく、破かれると少々困ることがある。 それに背中や胸、腹にある痣を見られるわけにもいかない。彼の部屋は学校ではない。相手を突き止めるために何をされるか分からないのだ。言うまで泣きたくなるくらいの責め苦を味わうことになるかもしれない。 少し憂鬱になりながらも、彼が何を考え、何に腹を立てているのかを冷静に考えるために眸を閉じて考えることに集中する。 その横顔を静かに匡が見つめている。 気づいてはいたが、それの意味することまではハルにはわからない。ただ、主人の機嫌をいかにして戻すか、が今のハルにとっては重要課題だ。地雷が多すぎる主人にとって、その原因はハルの予想を超えたところにある場合が多く、少し考えたところで解決するものでもないことも承知している。 着慣れない洋服よりも、着物に着替えてゆったりしたい気持ちもあったが、それすらもなく部屋へと呼び出しとは、余程、癇に障ることをしでかしてしまったのかと心当たりのない何かに対して悩むことになるが、そこは考えていても結論が出ることでもなかった。

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