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第3話

 第二体育館の中は部員たちで賑わっていた。  浅葱色のチーム着を着ているのが2年と3年で、1年は学園の体操服を着ているのが未経験者、クラブチームのTシャツやら何やら自由な練習着で参加しているのが経験者だ。  僕は中学時代の大会記念Tシャツ(強気の蛍光オレンジ!)と、晴樹から貰ったおさがりの白いゲーパンを着て、体育館の端っこでアップしていた。  今年、男子バレーボール部に入部した1年は30名を超えている。2年は6名、3年は2名しかいない事を考えると、これはものすごい事だ。 「多っ! バレー、急に流行った!?」 「毎年4月はこんなもんだよ〜」 「え?」  振り返ると、そこに立っていたのは3年のサキさんだった。向坂純一郎(さきさかじゅんいちろう)で、通称サキさん。  バナナを食べながら、僕の隣に立つ。コート内ではαに囲まれて小さく見えていたが、こうして並んでみると僕より10センチは背が高い。  確かクイック飛んでる先輩だ。レギュラー唯一のβだという噂を聞いて、密かに気になっていた。そんな人物との急な接触に、内心わくわくする。 「来月には一桁になってるよ」 「何でですか?」 「だって、だいたいみんな辞めちゃうからね〜」  ニコニコと凄いことを言う。でも、嫌味な感じではなかった。 「なんで辞めちゃうんですか?」 「んー、練習がキツイとか、αに心折られたとか、勉強と両立できそうにないとか、色々あるみたいだよ」 「赤点とると部活を辞めさせられたりするんですか?」 「それはないけど、追試があったり未提出の課題があったりするとその辺クリアするまで休部」 「まじですか……」  課題は頑張って提出するとして、追試は困った。涼風学園に入学できたのは、ぶっちゃけΩ枠があったからなのだ。αが多い学校によくある制度で、未来のαを増やすため、αとΩの交流を促進するとか何とか。  とにかく、学力が学年でいちばん下でも不思議ではない僕が、どうすれば追試を免れるのか、頭を抱えてしまった。 「ちなみに俺、学年1位」 「自分で言っちゃうの凄いっすね」 「ふふ♪ キミも文武両道、頑張れよ〜」  無邪気な笑顔がまぶしい。  サキさんは保冷バッグにバナナの皮をつっこむと、手をひらひらさせて走っていった。 ***  1年同士で組んで、対人パスの練習。監督からなるべく経験者と未経験者で組むよう言われ、体操服の子を探す。  どんどんペアが出来ていく。派手なTシャツが裏目に出たのか完全に出遅れた僕は、慌てて体育館を見回した。  と、すぐ近くに一目でαと分かる男が立っていた。背が高く、体操服すらスタイリッシュに着こなす良い身体をしている。やや長めの髪は栗色で、スパイラルパーマがとても良く似合っていた。不機嫌そうに薄い唇を引き結び、片手に持った5号球をじっと見つめるその姿は、シーズンの開幕を告げるポスターのように美しい。プロのバレーボール選手のような佇まいにワクワクしたせいか、それともカーテンの揺れから入り込む光のせいか、とても眩しく感じる。  なんだか心臓が煩くて、僕はTシャツの胸元をぎゅっと掴んだ。 「一緒にやらない?」  気がつくと僕は、吸い寄せられるように声をかけていた。  彼の表情は冷たく、切長の目が僕を睨むように見下ろす。 「おまえ、β?」 「え、うん、そうだけど」 「βはどうせすぐ辞めるだろ、そんなヤツとは組まない」  断られた!  なるほど、こんな態度だから1人で突っ立っていたわけだ。  まさか断られるとは思っていなかった。ツンとした態度に面食らいつつ、僕は再度交渉を試みる。 「辞める予定ないし、ってかむしろ夏までにレギュラーになる男だから安心して」 「レギュラー? おまえが?」  頭からつま先まで視線を動かし、鼻で笑う。流石に少し苛ついた。 「なる!って思って努力すればなれるし」 「世間の常識だと、βの全振りの努力はお遊びのαに負けんだぜ?」  時間の無駄だから諦めろと、冷たく言い放つ。  確かにαは優秀だ。目の前にいる彼が初心者だとして、すぐに僕より上手くなってしまう可能性は十分すぎるほどあるのだろう。でも、だからって諦める理由にはならない。 「バレーボールは自己犠牲のスポーツだから」 「は?」  バレーボールは自己犠牲のスポーツである。前世のジュニア時代、監督が事あるごとにそう言っていた。つまり受け売りだ。  レシーブしなけりゃ始まらない。まずは仲間のために何があっても必死で拾う。諦めず、身体を投げ出し追いかけ、繋ぐ。  そして、仲間が必死の想いで拾ったそれを受けて、セッターはどんなに苦しい態勢でもトスを上げる。丁寧に、スパイカーが打ちやすいように。  スパイカーは仲間のために攻める。打ちづらいだのタイミングが合わないだのと言い訳はしない。繋いでくれた仲間のために、死に物狂いで点を取りに行く。  仲間のために考える、動く。 それがバレーボールであり、そんなスポーツだからこそ、僕は夢中なんだ。 「バレーボールは自己犠牲のスポーツだから、時にはβだからこそ決められるものもあると思う」 「なんだそれ」 「Ωやβにしかない武器、そういうのを限界まで磨いたらどうなるのかなって、考えただけでワクワクするじゃん」  彼のボールを奪う。 「君もバレーボールがしたいから来てるんでしょ? 僕たち入部した地点でチームの仲間なんだから、ごちゃごちゃ言わずに練習しようよ」 「だから、βとは組まない」 「組まないって、周り見た? もう僕しか余ってないから」 「……」  僕だってこんな差別的な発言をする男と組みたくはないが、周りはもう既に練習を始めている。  そう、組む相手を選んでいる場合ではない。 「オレが上手いせいでおまえのレギュラーが今以上に遠ざかっても恨むなよ」 「恨むわけないじゃん、強いヤツが増えるのはチームにとって良いことだろ?」 「綺麗事が上手だな」  薄っすらと、ほんの僅かだけど微笑んだように見えた。それを了承の合図と受け取り、アンダーでパスをする。  彼はそのボールを両手でキャッチした。 「教えろ、オレは初心者だ」  顎を上げ、偉そうに言い放つ。教えを乞う態度ではなかったが、そろそろ監督の目も怖い。仕方がないのでなるべく気にしないよう、自分に言い聞かせた。 「僕は牧野凌、君は?」 「黒瀬柊斗(くろせしゅうと)」  バレーボール向きの身体に、高い身体能力。αだから当然と言われればそれまでだが……柊斗は強くなる。そう確信し、僕はワクワクが止まらなかった。 -----------≪用語解説≫---------- 大会記念Tシャツ:大きな大会では、よく記念Tシャツが販売される。 ゲーパン:ゲームパンツの略、試合用の短パン。 クイック:低く素早く上げられたトスをすぐに打つ攻撃です。いわゆる速攻。 バナナ:補食に最適。 シーズン:10月~翌4月。

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