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第4話

 目がハートな女子達が、何かを囲んでいる。  そんな女子達で、僕の席は埋もれている。  まぁさすがにチャイムが鳴れば座れるだろうし、せっかくなので僕は教卓に荷物を置き、天井に向かって手を伸ばし、ジャンプをしながら時間を潰した。  触れそうで触れないギリギリの高い場所に向かってジャンプをし続けると、ジャンプ力が上がると聞いたことがある。だから僕は暇さえあれば飛ぶ。バスケのリングと低めの天井、大好きだ。 「あぁもう、うぜぇ!」  突然、バンっと机を叩く音が響いた。黄色い声が静まり返り、僕の着地音が教室に響く。  しばし静寂の後、怯えたような女子達がぽつぽつと離れると、その中心にいた人物が現れた。 「柊斗じゃん」  入学式からずっと空席だったそこ、僕の後ろの席に座っていたのは柊斗だった。不機嫌そうに眉根を寄せている。  僕は席に着くと、後ろを向いて柊斗に話しかけた。 「まさか同じクラスだったとは、びっくりだな!」  だが、色々と話しかけてみたが、全てが無視された。  昨日そこそこ打ち解けたと思っていたのは僕だけだったのか……いや、今は機嫌が悪いから仕方がないのかもしれない。  モテる男は大変だなと思いながら、僕は諦めて前を向き、1限の準備をした。 *** 「何で無視するんだよ」 「……」 「お昼もどっか行っちゃうし」  部活へ向かう柊斗に追いつき、隣を歩く。 「食べ終わったら一緒にパス練したかったのに……柊斗もしたくない?」  柊斗の顔を見上げると、チッと舌打ちをされた。 「おまえ、しつこい」  と、突然腕を掴まれ、脇道に引き込まれる。駐輪場の裏は、校舎から離れているので人気もない。  視界がぐらりと回る。一瞬息苦しかったのは胸ぐらを掴まれ、壁に勢いよく押しつけられたせいだった。  見上げると、柊斗の冷たい瞳がそこにあった。 「αの甘い汁が吸いたくて必死だな」 「え?」 「もうウンザリなんだよ、どいつもこいつもβはっ……」 「何言って――」 「部活は仕方ねぇ、だけどそれ以外では話しかけんな」  言うだけ言って、手を離す。柊斗はブレザーを軽く整えながら僕に背を向けた。 「……何で?」  今の発言は、さすがに腹が立った。  僕は柊斗がαだろうが何だろうが気にしていない。ただ、昨日一緒にバレーをして、楽しいと感じたから仲良くなりたかっただけだ。 「βと仲良く出来ないなら、何で涼風に来たんだよ」  涼風学園ではαもβもΩも、みんな同じ教室で学ぶが、それを分けている学校だってある。βが嫌いなら、もっと違う学校を選べば良かったのだ。涼風は壁のない学園を謳っている、そこに籍を置いたのは自分なくせに、と、考えれば考えるほど腹が立ってきた。 「何でバレーボールしたいって思ったんだよっ! バレーボールはチームスポーツだぞ? 仲間をどれだけ信じて、どれだけ仲間のためにプレーできたかで勝敗が決まるんだぞっ」  仲間のことを知りたいと思うのは当たり前じゃないか、仲良くしたいに決まっているじゃないか。それを拒否するなら、何故たくさんある部活の中から、経験者でもないのにバレーボールを選んだのだろうか。  答えようとしない柊斗の肩を掴み、振り向かせる。冷たい瞳の奥に、哀しみが揺らめいた。 「確かおまえ、レギュラーになりたいんだよな? 結局なれなかったら言い訳して、見当違いにαを恨むんだろ? だからβは――」 「あのさぁ柊斗、βを一括りにしないでよ」 「オレの経験上そうなんだよ」 「言っておくけど、僕は他人のせいにしないし、ってか負ける気ないし」 「じゃあもし負けたら?」 「その時は己の至らなさを反省して、また頑張るだけのことだよ」 「はっ、ご立派だな」  柊斗が鼻で笑った。 「ってか、さっき聞き捨てならない事を言ってたよね? βの僕が、αの君から甘い汁を吸おうとしてるって?」 「αに近づくβはだいたいそうだ」 「言っておくけど、僕にとっての甘い汁はバレーボールだから」  甘い汁を吸う、つまり利益を得る、ということ。僕が欲しいもの、か。なるほど、それはバレーボールしかない。 「……ん?ごめん、ってことは確かに柊斗の言う通りだ、僕はおまえの汁が吸いたい」 「は?」 「一緒にバレーボールがしたい、だから吸いたくて必死って、ある意味あってるのかも? え、ダメ?」  柊斗が目を細め、首を傾げた。 「あ、そっかβ嫌い……でも何でそんなに嫌いなのか知らないけど、レギュラーのサキさんもβだし、努力してるβは一部解禁するとか無理? ってかしなよ、じゃなきゃバレーボール出来ないと思うよ?」 「おまえ、バカだろ?」 「バレーボールバカってよく言われる」 「そうじゃなくて……まぁいいや」  呆れたような溜め息。  やれやれと言いたげに首を振る柊斗は、鞄から腕時計を取り出した。 「やべっ!」 「え、何時?」 「15時40分」 「遅刻じゃん!」  僕たちは罪をなすりつけ合いながら、体育館に向かって全力で走った。

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