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第5話(前編)
あの後、僕と柊斗はフライング10周とスクワット100回のペナルティを受けた。ちなみにスクワットはみんなで手を繋ぎ円になって行う、いわゆる手繋ぎスクワット。
1年には色々と雑用があり、監督が来る時間までに全てを整える必要があるのだが、僕と柊斗の担当分を誰も代わりにやってくれていなかった。だから連帯責任ということで、スクワットは1年全員でやった。
入部早々、迷惑をかけてしまった。
***
「足も腰も腕も痛い!」
全身が痛む。練習がハードだった上にペナルティもこなし、身体が悲鳴をあげていた。
「柊斗は大丈夫なのか?」
「……別に」
「まじか、強いなぁ」
練習後の更衣室。
柊斗は涼しい顔でさっさと荷物をまとめると、雑な挨拶をして出ていった。
今日のペナルティきつかったな、とか何とか話しながら一緒に寮まで帰りたかったのに。走って追いかける気力もないので諦めた。
「お疲れ〜」
入れ違いで晴樹が現れる。
キャプテンの晴樹は1人だけ体育館に残り、監督や顧問と話をしていたらしい。
「凌、まだ帰ってなかったんだ」
「全身痛くて動きが亀だよ」
晴樹はクスクスと笑いながらTシャツを脱いだ。6つに割れた腹筋が、惜しげもなく披露される。僕は自分のお腹を見下ろし、そっとさすってみた。……道のりは長そうだ。
「そういえば更衣室の鍵、最後になった1年が返却しろって」
報告寄りの雑談だろうか。僕は先輩から言われた事を口にした。
「そっかごめん、急ぐ」
「大丈夫、多分僕が最後だし、今からローラーするし、急がなくていいよ」
そう言って棚の筋膜ローラーを掴みとり、ベンチソファーに座った。まずはふくらはぎから、ゴロゴロとメンテナンスしていく。
ボディケアは大事だ。前世ではそれを怠ったせいで疲労がたまり、小学6年の秋に膝を痛めた。
「大丈夫か?」
「なかなかハードで、今日はちょっとキツかった」
「だよな、俺も1年の最初はキツかったな」
「晴樹でもキツかったの?」
「あたりまえだろ」
会話しながらも、晴樹の手はテキパキと動いている。脱いだTシャツは綺麗に畳んで袋にしまい、シューズは乾燥剤を入れてから収納する。
さほど時間はかからずに、荷物は1つにまとまった。それを壁際に置くと、ベンチソファーに片膝をつく。
「ほら、寝て」
晴樹がやんわりと僕の肩を押した。僕は横になりかけたところを左手で踏ん張る。
「凌ほら早く、マッサージするから」
「い、いいよ」
「遠慮するな」
「でも……」
「俺だって試合前にお願いすることもあるだろうし、気にしなくていいから」
先輩にマッサージさせるのは気が引ける。それに、晴樹が良くても周りがダメってこともありえる。
だが見回してみると、何人か残っていたはずの部員がいつの間にか消えていた。更衣室にはもう僕と晴樹しかいない。なら相手は晴樹だし、甘えてもいいかなと思った。
晴樹が言うように、今後しっかりお役に立てれば良いわけだ。ならば遠慮なくと、ベンチソファーの上でうつ伏せになった。
肩から背中、背中から腰と、ほどよい力加減でゆっくりと筋肉をほぐしていく。
気持ち良すぎて眠くなってきた頃、晴樹が口を開いた。
「そういえば今日遅刻した理由は?」
「えっと、柊斗と喧嘩……デス」
隠すことでもないが言いにくかった。
「それってまさか、2人きりで?」
「2人きりといえば2人きりだけど、でも外だったし」
一瞬、晴樹の手が止まった。
「喧嘩でも外でも何でも、2人きりはダメだろ」
今日のことは仕方がなかった、不可抗力ってやつだ。だが言い返す前に、晴樹は言葉を続けた。
「なるほど、早速約束を破ったわけだな」
ほんの僅か、晴樹の声に怒りが滲む。
僕はそれに気付かないフリをして、喧嘩は困るよねと笑ってみせた。が、晴樹は笑わなかった。
「不仲だろうが外だろうが関係ない、Ωのフェロモンは強烈だって、発情期をなめるなって言ったはずだぞ?」
「でも僕、まだ発情期来てないし……」
「だからこそ、いつ来てもおかしくない状況なんだって、分からないのか?」
晴樹の手に力がこもる。太腿が痛み、条件反射でびくっと身体が跳ねた。
「い゛っ!」
「どんなに嫌いな相手でも、発情期が来たらお構いなしだ、絶対に抗えない」
「ねぇ晴樹、ち、ちょっと痛い……」
「凌は好きでもない人と番になりたいのか?」
それは嫌に決まってる。
αとΩは発情期の性交中に「番(つがい)」という特別な関係になることができる。基本的に解消できないので番選びは慎重に、と、以前病院で説明を受けたことがあった。(解消する方法は無いことも無いが、現実的ではないらしい)
「ここ……」
晴樹の温かい指先が、ゆっくりと項を撫でる。くすぐったさの中に、ぞくりとしたものを感じた。
-----------≪用語解説≫----------
フライング練習:相手から来たボールに飛び込むようにレシーブするための、飛び込みの練習。
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