6 / 38

第5話(前編)

 あの後、僕と柊斗はフライング10周とスクワット100回のペナルティを受けた。ちなみにスクワットはみんなで手を繋ぎ円になって行う、いわゆる手繋ぎスクワット。  1年には色々と雑用があり、監督が来る時間までに全てを整える必要があるのだが、僕と柊斗の担当分を誰も代わりにやってくれていなかった。だから連帯責任ということで、スクワットは1年全員でやった。  入部早々、迷惑をかけてしまった。 *** 「足も腰も腕も痛い!」  全身が痛む。練習がハードだった上にペナルティもこなし、身体が悲鳴をあげていた。 「柊斗は大丈夫なのか?」 「……別に」 「まじか、強いなぁ」  練習後の更衣室。  柊斗は涼しい顔でさっさと荷物をまとめると、雑な挨拶をして出ていった。  今日のペナルティきつかったな、とか何とか話しながら一緒に寮まで帰りたかったのに。走って追いかける気力もないので諦めた。 「お疲れ〜」  入れ違いで晴樹が現れる。  キャプテンの晴樹は1人だけ体育館に残り、監督や顧問と話をしていたらしい。 「凌、まだ帰ってなかったんだ」 「全身痛くて動きが亀だよ」  晴樹はクスクスと笑いながらTシャツを脱いだ。6つに割れた腹筋が、惜しげもなく披露される。僕は自分のお腹を見下ろし、そっとさすってみた。……道のりは長そうだ。 「そういえば更衣室の鍵、最後になった1年が返却しろって」  報告寄りの雑談だろうか。僕は先輩から言われた事を口にした。 「そっかごめん、急ぐ」 「大丈夫、多分僕が最後だし、今からローラーするし、急がなくていいよ」  そう言って棚の筋膜ローラーを掴みとり、ベンチソファーに座った。まずはふくらはぎから、ゴロゴロとメンテナンスしていく。  ボディケアは大事だ。前世ではそれを怠ったせいで疲労がたまり、小学6年の秋に膝を痛めた。 「大丈夫か?」 「なかなかハードで、今日はちょっとキツかった」 「だよな、俺も1年の最初はキツかったな」 「晴樹でもキツかったの?」 「あたりまえだろ」  会話しながらも、晴樹の手はテキパキと動いている。脱いだTシャツは綺麗に畳んで袋にしまい、シューズは乾燥剤を入れてから収納する。  さほど時間はかからずに、荷物は1つにまとまった。それを壁際に置くと、ベンチソファーに片膝をつく。 「ほら、寝て」  晴樹がやんわりと僕の肩を押した。僕は横になりかけたところを左手で踏ん張る。 「凌ほら早く、マッサージするから」 「い、いいよ」 「遠慮するな」 「でも……」 「俺だって試合前にお願いすることもあるだろうし、気にしなくていいから」  先輩にマッサージさせるのは気が引ける。それに、晴樹が良くても周りがダメってこともありえる。  だが見回してみると、何人か残っていたはずの部員がいつの間にか消えていた。更衣室にはもう僕と晴樹しかいない。なら相手は晴樹だし、甘えてもいいかなと思った。  晴樹が言うように、今後しっかりお役に立てれば良いわけだ。ならば遠慮なくと、ベンチソファーの上でうつ伏せになった。  肩から背中、背中から腰と、ほどよい力加減でゆっくりと筋肉をほぐしていく。  気持ち良すぎて眠くなってきた頃、晴樹が口を開いた。 「そういえば今日遅刻した理由は?」 「えっと、柊斗と喧嘩……デス」  隠すことでもないが言いにくかった。 「それってまさか、2人きりで?」 「2人きりといえば2人きりだけど、でも外だったし」  一瞬、晴樹の手が止まった。 「喧嘩でも外でも何でも、2人きりはダメだろ」  今日のことは仕方がなかった、不可抗力ってやつだ。だが言い返す前に、晴樹は言葉を続けた。 「なるほど、早速約束を破ったわけだな」  ほんの僅か、晴樹の声に怒りが滲む。  僕はそれに気付かないフリをして、喧嘩は困るよねと笑ってみせた。が、晴樹は笑わなかった。 「不仲だろうが外だろうが関係ない、Ωのフェロモンは強烈だって、発情期をなめるなって言ったはずだぞ?」 「でも僕、まだ発情期来てないし……」 「だからこそ、いつ来てもおかしくない状況なんだって、分からないのか?」  晴樹の手に力がこもる。太腿が痛み、条件反射でびくっと身体が跳ねた。 「い゛っ!」 「どんなに嫌いな相手でも、発情期が来たらお構いなしだ、絶対に抗えない」 「ねぇ晴樹、ち、ちょっと痛い……」 「凌は好きでもない人と番になりたいのか?」  それは嫌に決まってる。  αとΩは発情期の性交中に「番(つがい)」という特別な関係になることができる。基本的に解消できないので番選びは慎重に、と、以前病院で説明を受けたことがあった。(解消する方法は無いことも無いが、現実的ではないらしい) 「ここ……」  晴樹の温かい指先が、ゆっくりと項を撫でる。くすぐったさの中に、ぞくりとしたものを感じた。 -----------≪用語解説≫---------- フライング練習:相手から来たボールに飛び込むようにレシーブするための、飛び込みの練習。

ともだちにシェアしよう!