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第5話(後編)★
「ここ……」
晴樹の温かい指先が、ゆっくりと項を撫でる。くすぐったさの中に、ぞくりとしたものを感じた。
「ここをαに噛まれたら、どうなるか分かっているのか?」
αがΩの項を噛むことにより、番となる。番となったΩはそれ以降フェロモンを発さなくなり、αも他のΩのフェロモンの影響を受けにくくなるらしい。
番になると、Ωは番のα以外との性交に強い拒否反応がでるようになるため、好きでもない人とうっかり番になったら悲惨だ、悪いαに引っかからないようにと言われて育ってきた。
晴樹が僕の髪をかきあげる。そして次の瞬間、項に柔らかな感触がーー。
背中に晴樹の体温を感じる。反射的に起き上がろうとしたが、押さえ込まれていて動けなかった。
「ちょっ、は、晴樹?」
「ここ、柊斗に噛まれたらどうするつもりだったんだ?」
「どうするって、発情期じゃないと意味ないから平……あっ」
平気、と、最後まで言えなかった。
首筋を這う舌は、小さな水音をたてながら移動していく。晴樹の唾液が僕の項を濡らした。
「は、はる……ちょっ、っん…」
自分の情けない声に驚きと恥ずかしさを感じ、顔に熱が集まる。
動けないせいか意識が集中してしまい、感度が上がっていく。刺激が甘く、全身に広がっていき、僕はふるふると身体を震わせた。
「意外と感じやすいんだな」
晴樹の唇が離れたのは一瞬だった。すぐにまた晴樹を感じる。
しばらくすると僕の項に、ちりっと痛みが走った。
「……どうだ?」
ゆっくりと晴樹の身体が離れる。
「どうって……何で……」
僕は半身を起こし、項をおさえた。
壁にもたれて肩で息をする。
「同意なく項を噛まれた感想は?」
「感想って、だ、だって今は発情期じゃないし、意味ないから別に……」
嫌だ、というより戸惑っている。晴樹の考えている事が分からなかった。
「急に発情期が来て、俺が無理矢理噛んだって想像して」
「想像って、えっと、は、晴樹だし……」
「それは、俺なら凌を噛んでもいいって事?」
晴樹は僕の目線に合わせて座り込み、壁に片手をついた。前世のテレビで見たことがある、壁ドンというものだ。
さっきのことが気まずくて、僕は目を逸らした。
「そうじゃなくて、晴樹なら大丈夫っていうか、晴樹は僕の嫌がる事はしないでしょ?」
「俺もαだから、発情期になれば凌が嫌がったって噛むよ」
口ではそう言うけど、晴樹は絶対に他人を傷つけたりしない。昔から積み重ねた信頼があり、それは僕の中で揺るぎないものだった。
「俺に噛まれても、そうなっても後悔しない?」
「多分……」
「嫌じゃない?」
「僕まだそういうの疎いから分からないよ」
どうしてこんな話になったのか思い出せない。でも、考えてみたけれど、僕は晴樹を尊敬しているし、うっかりそういう事になっても別に嫌ではないと思う。
むしろ申し訳ない、晴樹に迷惑をかけてしまうのだけは嫌だと思った。
「逆に晴樹には迷惑な話だよね?」
「そういう質問をするってことは、凌は嫌じゃないって事?」
「う、うん、多分……」
ゆっくり視線を戻すと、晴樹の視線とぶつかった。それは深く、まっすぐな視線だった。
「俺はいつか、凌と番になりたい」
壁に置かれた手とは反対の手を、僕の頬にそっと添える。その親指がすりすりと慈しむように動いた。
「だから凌、俺を選んで」
こんな晴樹は初めてだった。
「後悔させないから」
その眼差しが、掠れた声が、切実な想いを僕に告げる。
「俺のことが怖くなったか?」
晴樹の指先が、そっと項に触れる。
僕が首を横に振ると、晴樹はふっと笑い、僕のおでこにキスをした。
触れるか触れないかの、短くて軽いキスだった。
「これは予約のキスってことで」
晴樹が立ち上がる。
僕は脳の処理速度が追いつかず、フリーズした状態で晴樹を見上げた。
「え?……え!?」
「ほら」
晴樹の助けを借りて立ち上がる。
それからどうやって寮に帰ったのか、僕はあまりよく覚えていない。
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