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第7話(前編)

 5月末に行われるシード権大会に向けて、急遽合宿が行われることになった。ゴールデンウィークを利用して、2泊3日の旅だ。バスに揺られること3時間、僕たちは目的地に到着した。  そこはリフォームしたばかりらしく、外観、内装から木の温もりを感じる居心地の良い施設だった。コートは3面もあり、その広さにワクワクが止まらない。 「こんな田舎の山奥に7校も集まるとか凄ぇな」 「鷹木学園は飛行機で来たんだって」 「どこも遠くから来てんなぁ」  到着後すぐにアップをして、練習試合が始まった。時間が許す限りグルグルと総当たりで試合をしていく。 1年は試合に出ないので、審判したり筋トレしたり、雑用を頑張った。 「ってか腹減ったな」  柊斗がラインズの旗をくるくると巻きながら言う。 「お昼、何だろうね」  僕は筆記用具を片付けながら返事をした。 「集合!」  と、突然晴樹の声が響いた。  持っていた筆記用具を放り投げて駆け寄る。集合がかかったら、どんな時でも即ダッシュだ。  部員たちが監督を囲むと、珍しくニコニコした顔で口を開いた。 「今から1時間ほど昼休憩なわけだが、その間にBの試合をやろうって話になってな」  B、つまりBチーム。レギュラーがAチームで、そこに1歩届かないメンバーがBチームだ。2軍と言った方が分かりやすいかもしれない。 「ってことで黒瀬、牧野、荒木、藤木、木下」  監督が1年の名前を呼ぶ。僕は元気に返事をした。  試合だ、試合ができる!  晴樹と目が合うと、保護者のような微笑みでウンウンと頷いていた。 「あー、リベロはナシでいいとして、あと1人か」  監督がメンバーを見回す。  1年は5人しかいない。あと1人、レギュラーの誰かが入るのだろうか。だが、そうなるとその助っ人レギュラーは、昼休憩がとれなくなってしまう。  監督が指名したのは意外な人物だった。 「山川、おまえセッターで入れ」 「えっ」 「飛ばなきゃ大丈夫だろ?」 「はい」  山川先輩は、怪我で休部をしてマネージャーになったと聞いている。黒縁眼鏡で大人しい感じの人だ。 「山川は足を痛めてるからな、飛ばないし走らない、みんな綺麗にレシーブしろよ」  監督が、ちょっとした縛りプレーだな、と言って豪快に笑う。  なるほど、セッターが動かなくても良いようにプレーする、面白そうだと思った。 *** 「平均身長が違いすぎない?」  荒木が呟く。  涼風学園のBチームにはαが柊斗しかいない。他チームはα比率が高いので、こうしてコートで向かい合ってみると圧倒されてしまう。 「なんか大人と子供で試合するみたいな感じだよね」  藤木が小さな声で答えると、木下が頷いた。  荒木、藤木、木下も、ジュニアあがりだ。ジュニア時代に活躍できた選手でも、βだと身長などフィジカルに恵まれないことが多い。JVCに興味を持つそういう選手は、リベロ狙いで強豪に入ったりする。実は僕もそのタイプだし、この3人もそうだった。  今回は僕がレフト、左利きの柊斗がライトから攻める。中学までは僕も一応スパイカーだったけれど、小学より中学、中学より高校の方が、αとの体格差に苦戦するものだ。さぁ、今日はどこまで頑張れるか。  やがて、試合開始の笛が鳴った。  僕たちのデビュー戦、お相手は竹大付属。赤いTシャツの胸元には“常勝”と書かれていた。 「来るぞ!」  柊斗の声に、緊張が走る。  まずは後衛のセンターにいた荒木がレシーブをした。高く、綺麗にあがったボールを見て、胸が高鳴る。 「黒瀬!」  山川先輩が柊斗にトスをあげる。  が、柊斗のスパイクは、なかなか気持ちよく決めさせてもらえなかった。 「わりぃ」 「どんまぁぁい!」  スパァンと柊斗の背中を叩く。  柊斗のすごいところは諦めないところだと思った。その後、何度でも挑み、何点かはもぎとったからだ。自分の攻撃がなかなか決まらないのに、それでも何度も自分にトスが上がるというのは精神的にキツいものだ。これが初めての試合なら、なおさらだ。だけど柊斗は腐らず、落ち込まず、飛んだ。  未経験でこれだけやれるのは凄い事なのだが、柊斗は悔しそうな顔をしていた。もっと上手くなりたいと切望する、すごく綺麗な顔だった。 「フォローするし、大丈夫だかんな!」  柊斗を励ます。 「伊達にジュニアからやってないよね!」  そして藤木の言葉に、荒木と木下と僕は親指を立てた。 「今年の1年は、粘りのチームですね」  山川先輩の言葉の通りだ。とにかく拾って粘り、相手のミス待ちをする。柊斗がぶち抜いた1点も、自滅を誘って得た1点も、同じ1点だ。  僕たちはαではない。だからこその技術と知恵で戦い、25-23で勝った。 -----------≪用語解説≫---------- リベロ:守備に徹する役割のポジション。リベロは後衛の選手となら何度でも交代することができる。コートを何度も出たり入ったりするので、監督やコーチの指示を伝えるメッセンジャー的な役割もこなす。 セッター:スパイカーが攻撃するためにトスを上げるポジション。選手の得意不得意、その日の調子など多くの要素を頭に入れてプレーする、コート上での司令塔。 レフト:ネットに向かって正面に立って左側。レフトポジションはエースと呼ばれることが多いが、チームによる。 ライト:ネットに向かって正面に立って右側。左利きの選手はライトの方が打ち分けしやすいため、ライトポジションになることが多い。 スパイカー:スパイクを打つ人のこと。

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