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第7話(後編)

「勝ったね!」  バルコニーにて、余韻に浸る。 「結局、勝てたのは最初の1戦だけだったけどな」  隣には柊斗がいた。  さっきまで他の1年と山川先輩もいたのだけれど、お風呂へ行ってしまった。 「ブロックアウトも多かったし、運が良かっただけなんだろうけど」 「いやいや、あれは僕の実力だから! わざとやってたんだぞ」 「どうやって?」 「相手のブロックの手にボールがあたった時、外側へ撫でるようにこう、押すんだよ」  こう! と、僕はジェスチャー付きで説明をした。 「背もジャンプ力も負ける、対戦相手はだいたい自分よりデカいってなったら、小技を磨いて点をとりに行くんだ」 「おまえが前に言ってた、βの武器ってやつか」 「うん、βにはβの戦い方があるよね」 「おもしれぇな」  柊斗がふっと笑う。僕はドヤ顔を返した。  高いブロックが2枚もついてしまったら、僕がぶち抜くのは難しい。だが、フェイントを使ったり、ブロックアウトを狙ったり、吸い込ませたり、ちくちくと攻撃することで勝機を得ることはできる。  Ωの僕にはどんなに頑張ったって限界がある。だからこそ、僕はずっとどうすれば戦えるのかを考え続けているし、今日みたいに結果が出ると、たまらなく嬉しい。 「αを前にして諦めねぇβ、か」  柊斗が呟く。  そして、持っていたグラスを空にすると、突然僕の肩を片手で抱き寄せた。 「ち、ちょっ」 「んー、やっぱ甘い匂いがする」  首筋に、鼻先が触れる。 「おまえの匂い、好きなんだよな」 「だから何もつけてないし」  いつものことで、若干慣れてしまった自分がいる。僕はお決まりのパターンで軽く押し戻した。 「やめろって」 「落ち着く匂い……」  が、いつもは押し戻せば離れるのに、今日はなんだか様子がおかしい。  僕は手を止めた。 「……オレもβで生まれてたらなぁ」 「え?」  柊斗が僕の肩に顎をのせる。  どういう意味だろうか、と、少し引っかかったけれど、口にする前に柊斗が話題を変えた。 「おまえ、兄弟いんの?」 「一人っ子」 「ぽいな」 「柊斗こそ、一人っ子っぽいじゃん」 「オレは兄が1人いる……けど、でも多分もう一生会わねぇし、一人っ子みたいなものかもな」  表情は見えない。だけど、柊斗の抱える傷を垣間見たような気がして、気になってしまった。 「仲が悪いってこと?」 「そんな感じ」  掘り下げて良い話なのか迷い、僕は柊斗の言葉を待った。  だが柊斗は何も言わず、再び僕の首筋に顔をうずめた。 「何してるの?」  少し怒気を含んだ声に、ぱっと振り返る。僕と柊斗は、咄嗟に少し身体を離した。 「何って、風呂の順番待ってます」 「凌、また約束を忘れたな?」  晴樹は柊斗の言葉を無視して、僕の前に歩み寄った。 「何度言えば分かるんだ」 「たまたまだよ、さっきまで他の1年もいたし、山川先輩もいたし」 「じゃあ、風呂は誰と入るんだ?」 「誰って、柊……」  あっ、と気がついた時には遅かった。晴樹が僕の腕を掴む。その晴樹の腕を、柊斗が掴んだ。 「君には関係ない、放してくれ」  約束を破ったのは確かだけれど、僕は危険なことをしているつもりはなかった。ここは何かあればすぐに大勢が駆けつけられるような場所だし、薬もちゃんと持っている。それに、相手は柊斗だ、心配ないじゃないか。 「ねぇ晴樹、心配してくれてるのは嬉しいけど、冷静に考えてよ」 「冷静にって……凌」  僕は少しだけ、晴樹の過保護を疎ましく思ってしまった。だけど晴樹の目を見た瞬間、胸が苦しくなった。  晴樹にこんな目をさせるなんて。 「晴樹なら分かるでしょ、ほら、大丈夫」  片手を広げて促すと、晴樹は僕を抱きしめた。  こうしてαなら分かる、発情期のフェロモンが出ていないことを確認してもらう。 「凌、ごめん……心配で……」 「ううん、ありがとう」  正直、晴樹がこんなにも過保護になるとは予想外だった。秘密を共有してしまったせいで、晴樹を苦しめている。申し訳なくて、何をどうすれば正解なのかも分からなくて、僕も苦しい。 「えー、お取り込み中すみません」  誰かが僕の肩を、指先でトントンと叩いた。 「風呂、入らないとやばいよ? ってか凌くんと柊くんもまだなら4人で入ろ」  突然の声の主はサキさんだった。  部屋からの光を背に、バナナを食べながら立っている。 「サキさん、そのバナナどうしたんですか?」 「さっきそこで鷹木のセッターからもらっちゃった♪」 「コミュ力高っ!」  心の声がうっかり出てしまう。サキさんはニカッと笑った。 「ってか時間ないから! ほら早く、4人で入ろ♪」  入ろ入ろ♪ と、サキさんがみんなの背中を押す。 「サキ、凌と先に入ってもらえるか?」 「別にいいけど、遅れたら入れなくなるから気をつけてよ?」 「分かってる」  晴樹はいつも通りの優しい微笑みを浮かべた。 「柊斗、少し話そうか」  晴樹が柊斗を真っ直ぐ見つめる。どんな話をするのだろうか。僕に関係ある話なら立ち会いたい。  だけど僕はサキさんから背中を押されて、バルコニーを後にした。 -----------≪用語解説≫---------- ブロックアウト:ブロックされたボールがコートの外に落ちてラリーが終了すること。

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