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第9話 ★★

 人間、落ち込んでいる時は物事を悪く捉えがちだ。下手をすると体調まで崩してしまう。  僕は前世の中学生時代、メンタルトレーニングの本を何冊も読み、その重要性を知った。この知識がなければ、ぶっちゃけ今頃腐っていたはずだ。  よく考えろ僕!  監督はちゃんとこうも言っていた。『部員である以上、使ってやりたいとは思っているがな』と。つまり僕を試合に出す気持ちはあるってことだ。色々言っていたマイナスな話はΩに対するものであって、僕個人へのものではない。  自分がΩだと知った日、それでもバレーボール人生を歩むと決めた日、誓ったはずだ。チームに必要な人間になると。結果を出す人間になれば、必ず周りが認めてくれるはずだ。  だから僕は、頑張ると決めた。あれは僕を今まで以上に頑張らせるための、そして僕がJVCに行くために必要なことだったのだと考えることにした。自分で自分の心をコントロールする、これがメンタルトレーニングの成果だ!  あのΩが、そんなΩもいるのかと、世間に言わせてやる!! ***  なぁんて、意気込んではみたものの、最近やはり調子が良くない。メンタルの強さには自信があったのだが、まだまだ修行が足りないようだ。  僕とは対照的に、柊斗は絶好調だ。合宿の中で、1番成長したのは間違いなく柊斗だった。最終日にはレギュラーに混ざって試合に出ていたし、魅せる咄嗟の足技は悔しいほど格好良かった。  元々運動神経が良かった柊斗は経験を積み、どんどんコツを掴んで上手くなっている。 「僕は柊斗が羨ましい」  購買で買ったパンを食べながら柊斗を見つめる。柊斗は弁当のサラダから手をつけていた。ベジファースト、素晴らしい。 「αはずるい、とか言い出すつもりか?」 「そうじゃなくて、かっこいいから」 「は?」 「この前の練習試合でほら、あのすっごい強烈なスパイクを足でレシーブしたじゃん? あれ凄かったなって」  柊斗はただ勝つだけじゃない。魅せて勝つから凄い。僕にはないものだから単純に羨ましかった。  今日は天気が良いので外で昼食を食べる人も多い。僕達から少しだけ離れた場所では走ったり踊ったりする人達もいたりして、賑やかだ。 「中学までずっとサッカーしてたから、足技が得意なだけだ」 「そうなの? いいなぁ、また見たい」 「すぐ見られんだろ」  そう言って、肉とご飯を口いっぱいに頬張る。  なぜか、見ているだけで胃もたれがした。手に持ったパンも、食べきる自信がない。困ったことに、体調がじわじわと悪化してきていた。 「……どした?」  柊斗が手を止める。 「あっ、なんか最近、ちょっとだけ調子が悪いってゆーか……今日、食欲ないかも」  僕は苦笑しつつ、食べかけのパンをしまった。代わりに、栄養ゼリー飲料を取り出す。これさえ飲んでおけば何とかなるだろう。  と、柊斗が眉間に皺を寄せた。 「おまえ……」  身を乗り出し、僕の首筋に顔を埋める。いつものやつだ。今日は相手にする気力がないので、構わずゼリーを啜った。 「……Ω、か?」  すぐに身を離し、僕の目を見る。  柊斗はいつも少し怒ったような顔をしているけれど、今は怒っているというよりも苦しそうな顔をしていた。 「やっぱ合宿の時、聞いてたんだ」 「は? いやだってフェロモンがっ……」 「フェロモン?」  柊斗が慌てる姿なんて、初めてだった。  何が起こったのか、僕はすぐには理解できなかった。いや、理解したくなかったのかもしれない。 「フェロモンって、なに?……なんで?」 「なんでって発情期だろ、いつもどうしてんだ?」  柊斗が自分と僕の荷物をガサガサとまとめている。身体がどんどん熱くなってくるのを感じながら、ぼーっと眺めていた。 「いつもって……知らないよ、初めてだから」  柊斗が目を見開く。 「とりあえず保健室にっ」 「ちょっと待って」  保健室はダメだ。フェロモンが出ているのだとしたら、そんなものを撒き散らしながら校舎内に戻ったりすれば間違いなく退学だ。  ここからなら、寮はそう遠くない。不幸中の幸いってやつだ。 「薬あるから、寮で休みたい」 「わ、分かった、急ぐぞ」 「自分で歩けるから」 「いや、これで走った方が早ぇだろ」  柊斗は2人分の鞄を肩にかけると、僕を抱き上げた。 ***  柊斗は震える手でドアを開けると、僕をベッドに横たえた。  オートロックのドアが、時間差でガチャンと音をたてる。 「わりぃ、ちょっとこれ以上は……保健室の先生に言っておくから寝てろ」  鞄とカードキーを床に落とすと、逃げるように背を向けた。  柊斗も熱で上気し、苦しそうに肩で息をしている。Ωのフェロモンにあてられたのだろう。でも、申し訳ないなんて思う余裕はなかった。 「行かないでっ」  半身を起こし、柊斗のシャツの裾を掴む。 「これ以上一緒にいるのは危険だって、オレすっげーギリギリだからっ」  柊斗の余裕のない顔、すごくいい。  僕は熱で自分がどんどんおかしくなっていくのを感じた。自分じゃないみたいだ、コントロールが効かない。 「柊斗、僕どうなるの? 怖い……怖くて1人になれない、なにこれ怖い……」  涙がぼろぼろと溢れる。  身体中が柊斗に触れてほしくて騒いでいる。この部屋に僕1人にされたらと、置いていかれたらと想像するだけで、不安と恐怖の波が押し寄せた。 「抑制剤は?」 「鞄……の、お守りの中」 「何個つけてんだよ! どれだよ!?」 「ぁ、赤いやつ」  母の手作りだ。表に「勝」の文字が刺繍してあり、その中に薬を入れてある。 「ほらっ」  柊斗が錠剤をプチッと取り出すと、僕の唾液だらけの口内に突っ込んだ。 「お、おい……」  僕はすかさず柊斗の手首を両手で掴み、差し込まれた指を口に含んだまま、舐めて味わった。 「やめろって、り、凌!」  名前を呼ばれただけなのに、脳が痺れる。 「初めて名前、呼ばれた……嬉しい」  思ったことが正直に口から零れてしまう。 「ばっ…く、薬、ちゃんと飲みこんだか?」  言葉だけじゃない、とにかく我慢ができない。口の中を弄る柊斗の指に感じてしまい、変な声と勃起が治まらなくなった。 「ぁっ……んっ……」 「ほら、口開けて見せろ」  柊斗が強引に指を引き抜く。両手で頬を包まれた僕は、キスを期待した。 「ねぇ柊斗、キスしてよ」 「なぁ、しっかりしろよ! ちゃんと飲んだのか?」 「柊斗おねがい……おねがい゛っ……」  触れてほしくて気が狂いそうだ。ゆらゆらと勝手に腰が動くし、動くともどかしくて疼く。もっと大きな刺激が欲しくて、涙が溢れだした。  こんなの僕じゃない。 「しっかりしろよ、後で後悔すんぞ」 「だってっ……だっ、て……」  涙が止まらない。  柊斗は親指で涙を拭ってくれた。 「ねぇ柊斗おね、がい……しゅ、ぅんっ……」 「薬、飲み込めてないのか?」 「しゅ……っ……ねぇ、おねが……」 「……仕方ねぇな」  掠れた声で囁く。確認するだけだからな、と。  そして唇が重なった。柊斗の舌が口の中で動き回ると、甘い痺れが駆け抜ける。 「んっ……」  やんわりと押されて、僕はベッドに沈む。舌を吸われたり、唇を優しく甘噛みされたり、その度に僕は脳みそがクラクラする程の興奮と快感を味わった。  やがて、柊斗がそっと唇を離すと、名残惜しむかのように僕達を銀の糸が繋いだ。 「ちゃんと飲み込んでるな」  僕は完全に溶けてしまった。次の快感を得たくて、柊斗を見上げる。 「わりぃ……」  柊斗だってギンギンだ。濡れた目をして僕を見下ろしている。  我慢しなくていいのに。このまま一緒に、ただ気持ちよくなることだけを考えて過ごしたい。 「っ!」  なのに、柊斗が自分で自分の太腿を殴った。 「柊斗? なん、で……」 「おまえを傷つけたくない」 「いいから、大丈夫だからっ」  涙が溢れる。  頭の中が柊斗でいっぱいだ。好きすぎて苦しいし、触れたくて手を伸ばす。 「我慢だ、もうすぐ薬が効く」 「嫌だ柊斗おねがいっ、僕に触れてよ」 「後悔させたくねぇんだよっ」  柊斗のシャツを掴む。そして何度も “おねがい” と呟いた。 「……抜いてやる、それで少しは落ち着くだろ」  ぎゅっと目を閉じていた柊斗だったが、やがて目を開き、諦めたようにそう言った。 「あっ……っ、ん……」  柊斗はいつの間にか取り出したそれを、躊躇うことなく口に含む。  自分ですらした事がないのに、気持ち良すぎて頭が真っ白になる。優しく舌で扱かれると、僕は呆気なく果てた。 「秒だな」  ごくりと飲み込むと、柊斗は舌先で自身の唇を舐めながら目を細めた。  瞳の奥深くが甘く揺らめいて、その表情がたまらなく色っぽくて、どきどきする。  僕の僕は全くおさまる気配がなかった。

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