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第12話★
「月バは何年何月号から持ってる?」
これが晴樹の第一声だった。ジュニアクラブチームの体験で、真っ先に話しかけてくれたのが晴樹だった。
月刊バレーFUN、略して月バ。バレーボール好きのための月刊誌だ。僕も最近買い始めたので持ってはいるが、小学生のうちから読んでいる子は珍しいはず。それを買っている前提で話してきたので驚いた。
「今年の6月号から持ってる」
「なら、帰ったら8月号を見てごらん」
器用にボールを片手でトントンとしながら、優しく微笑む。
「俺たち、今年全国に行ったから載ってるよ」
自信に満ち溢れた姿が、とてもかっこいいと思った。
ジュニアの全国に行っただけのことはあって、晴樹のプレーは小学生とは思えないパワーとテクニックだった。
それに、フォームも美しい。羽が生えたかのように高く跳ぶ姿に、毎回見惚れた。
コートの晴樹は、いつだって輝いて、人を惹きつけた。晴樹の全てが眩しかった。
「晴樹はなんでそんなに強いの?」
ある日、小学生の僕の漠然とした質問に、晴樹はこう答えた。
「単純に、毎回わくわくしてるからかな」
「楽しいってこと?」
「そ、バレーボールが楽しくて大好きだから上手くなりたいし、負けたくない」
負けたくないから努力するし、努力するから強いんじゃないかなと、そう言っていた。シンプルな答えだったが、妙に響いた。
「凌もバレーボール好きだろ?」
「うん、大好き」
「なら、凌も強くなるよ」
大きな手で、僕の頭を撫でた。
後輩として、すごく可愛がってもらっていたと思う。僕が入団して数ヶ月経った頃、監督から怒鳴られることが増えてきて、それがあまりにしんどくて、体育館を飛び出してしまった事があった。
雪の降る日で、凄く寒くて。そんな中、僕はTシャツとゲーパン姿で外に出て、うさぎ小屋の前に立ちつくしていた。冬の間は別の場所で飼われているらしく、中には何もいなかったのだけれど、眺めているふりをして泣いた。
「凌、叱られてばかりでつらいか?」
貴重な他県強豪との練習試合中にも関わらず、晴樹は来てくれた。キャプテンだったから、指導者に言われて来ただけだったのかもしれないけど、嬉しかった。
「だって、説明すれば言い訳するなって言われるし、だから黙ってたら無視かって言われるし……一生懸命やってるのにもっと本気だせって言われるし」
監督とは、厳しくて怖くて理不尽な生き物だ。前世でもそうだったし、頭では分かっていたけれど、色々重なって精神的に限界で、泣いてしまった。そうしたら泣くヤツはコートから出ろと怒鳴られてしまい、頭の中がぐしゃぐしゃになって、気がつけば外へ飛び出していた。
「理不尽だなって感じる時もあるよな」
小さく頷く。
僕はTシャツで涙を拭った。
「でもな、凌」
吐く息が白い。
「叱られるってことは、期待されてるんだぞ? お前はもっと出来るはずなのに何でだ!? って、監督も本気になるから叱るんだ」
鼻先も頬も、寒さで赤く染まる。
「俺も、数年前は凌と同じだったから、どれだけ精神的にキツいか分かってる」
冷えた空気の中、晴樹の想いはとてもまっすぐで温かかった。
「簡単に頑張れって言ってほしくないよな? だけどあえて言う、おまえには這い上がってきてほしいんだ、凌は絶対に強くなるから」
「……なんでそんなに信じてくれるの?」
「だって、凌はバレーボール好きだろ? 好きに勝るものはないから、確信してる」
お互いバレーボールバカだよなって、晴樹は笑った。
「俺も一緒に頭下げるから、監督に一緒に謝ろう、な?」
ほら、と手が差し出される。僕が手を重ねると、晴樹は歩き出した。その手はすごく温かくて、心強くて、また1から頑張ろうって思えた。
晴樹が歩いた道を、僕も歩いた。同じ道を、少し前を歩く晴樹が振り返りながら歩いてくれたから、今の僕があるのだと思う。
大好きな、尊敬する先輩だったのに。僕にとっては兄のような存在だったのに。僕がΩだったせいで……。
***
「起きたか?」
扉の前に立っていた晴樹が、ゆっくりと僕に近寄ってきた。
「薬、ほら飲んで」
晴樹の手のひらには、白い楕円形の錠剤が。僕は震える手でそれを受け取り、渡された水で飲んだ。
「ねぇ晴樹、これ効かない」
新しい薬は僕の身体には合わないらしく、全く効果がない。フェロモンダダ漏れで、もう3日も晴樹に身体を鎮めてもらっている。
「病院でかえてもらうよ、今日行ってくる」
「効果が無いように感じても、1週間きっちり飲まないとダメって書いてあるだろ?」
「でも……」
グラスをサイドテーブルに置く。晴樹は僕の隣に腰掛けた。
「それにフェロモン撒き散らしながら外を出歩くなんて、襲ってくださいと言ってるようなものだけど、いいのか?」
「それはそうだけど……」
「危ないから、発情期が終わるまでここを出ないこと」
晴樹はくしゃくしゃと僕の頭を撫でた。
「今日も、凌にとことん付き合うよ」
「それってどういう…っん……」
唇が重なる。快感を堪えようともがくが、晴樹は逃してくれない。ゆっくりと、じっくりと啄まれ、やがて頭がぼーっとしてきた。
「ごめん、凌」
「何が?」
「発情期を利用するつもりはなかった」
晴樹は悪くない。悪いのはこの身体だ。僕が誘った、晴樹は被害者だ。
「でも、こうなりたいと、ずっと思っていたから……ごめんな」
晴樹の唇が、耳、首筋、鎖骨へと移動していく。
「ねぇはる…、き……」
室内に響く湿った音と、晴樹の息遣いに煽られて、鼓動は速まり、身体の熱が高まってゆく。
「んっ……っぁ……」
気持ちいい。晴樹が与えてくれる刺激はどれも甘く、僕の思考を奪っていった。
「凌、好きだ」
耳元で囁く。
「好きだ、凌……好きだ」
好きだと言われる度、僕の心はぎゅっとなり、何か大事なことを忘れているような気もした。けれど、すぐにどうでもよくなる。
「あの予約、ちゃんと覚えているか?」
「よ……やく?」
「凌の番になりたいってやつ」
晴樹が僕の項に舌を這わせる。
「ねぇ、噛んでもいいか?」
断る理由が無い気がした。
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