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第14話

 シード権大会、当日。 「朝日奈と円産大にあまりデータをとらせなくないのと、黒瀬と牧野を試したいのと……」  監督が顎髭を撫でながら話す。  朝日奈高等学校と円寿産業大学附属高等学校は、いわゆる強豪チームだ。涼風学園と合わせて3校で、毎年全国への切符争いをしている。 「つまり今日は柴島(くにじま)と関(せき)は控えだ」  2人がはい、と返事をする。 「ただシード権は欲しいからな、点差が開いたら柴島と関に戻すから、ちゃんと準備しとけよ」  点差が開かなければずっとコートに立っていられる。その事実に目を見開いた。 「と、いうことだから、黒瀬と牧野はいきなり公式戦デビューになっちまうが、頑張れよ」  監督が僕と柊斗の背中を強めに叩く。 「練習のように、いつも通りやれば大丈夫ですから」  顧問は “試合は練習のように、練習は試合のように” と呟きながらガッツポーズをしてみせた。  ちゃんと普段の練習は試合をイメージしてやってきた。だから今日は、普段通りやれればきっとうまくいく。  少し、手が震える。でも、口元は緩んでいた。 ***  柴島拓海(くにじまたくみ)先輩、通称拓さんは、2年のリベロだ。僕がレギュラーになるためには、拓さんを超えなければならない。  拓さんはαで、筋トレが趣味のムキムキな先輩だ。背も高い。だがリベロというのは背が低い僕の方が有利かもしれない。背が低ければ、その分ボールを低い位置で取れる。ボールを観察する時間も長くなり、そうなればレシーブ率も高くなる。……と、信じている。  僕は中学時代、途中からリベロに転向した。背が低いから、高校ではもう僕はスパイカーとしては通用しないだろうという後ろ向きな理由も多少はあったが、レシーブが得意だというのが1番の転向理由だった。  今日の試合は、僕にとってはチャンスでもある。良いプレーがしたい、勝ちたいと、燃えていた。 「凌は優里(ゆうり)と柊斗と交代だから、よろしくな」  晴樹にそう言われて、2人を交互に見た。  リベロは守備が専門だ。守備の苦手なこの2人が後衛の時、僕と交代となる。  ちなみに、優里さんはセッターの海里(かいり)さんと双子だ。短髪で垂れ目の可愛らしい印象の2人。見た目はそっくりだが、優里さんはいつもニコニコしているので、雰囲気でなんとなく見分けがつく。  僕たちが頷き合うと、晴樹は手を前に差し出した。円陣を組み、手を重ねる。 「涼風!」  晴樹が大きな声で言う。 「勝利!」  みんなで勝利と続いた。 ***  1戦目はバレーボール初心者の集まり、といった感じの学校で、晴樹のサーブだけで終わった。  2戦目も圧勝で、手ごたえが無かった。  昼食を食べて迎えた3戦目、相手は小守高校。ここに勝てばシード権獲得となり、その後の準決勝と決勝は消化試合となる。  一気に試合のレベルが上がった。 「リベロを狙ってくるとか、強気だな〜♪」  サキさんがニヤリと笑う。 「あの4番、左利きで拾いづらくて……すみません」  僕はサーブレシーブを2本連続で失敗した。  相手はチームで1番レシーブの上手いリベロを潰して、精神的なダメージを与えようと思っているのだろう。リベロがとれない球をとれるわけがないと、崩れてしまうチームもあったりする。バレーボールはメンタルスポーツなのだ。  だが、自分で言うのも切ないが、僕はそこまでチームから神扱いをされていない。なのでその作戦はあまり意味がないぞと脳内でつっこみを入れる。それにより、僕だけは若干ダメージを喰らっていた。  笛が鳴る。  僕は腰を低く落とし、構えた。  柊斗も左利きだ。一緒に練習しているから多少は慣れていると思っていたのだが、あの4番は柊斗とはまた違ったクセがある。  だが、次は必ず返す! 「凌っ!」 「おっけぇぇい!」  綺麗、とまでは言えないが、まずまずのレシーブ。海里さんが走ってトスを上げると、晴樹が羽を広げて跳ぶ。ブロックフォローに入った僕は、それが決まった瞬間、晴樹とハイタッチをした。 「さすが晴樹っ!」 「ありがとう」  晴樹はそのままベースラインに移動する。  晴樹のドライブサーブ、その威力とスピードはえげつない。入学当初、久しぶりに晴樹のサーブを見た時、あたったら骨が折れると本気で思った。  強豪相手でなければ、このサーブだけで何点も稼げる。が、小守のリベロはなかなか優秀で、晴樹のサーブをしっかり返した。  スパイクを僕が拾う、海里さんがトスを上げて、晴樹が打つ。あちらも負けじと拾う、と、ラリーが続いた。2度、3度、と晴樹が挑む。もう一度、と思った瞬間――。 「2番!」  柊斗が呼ぶ。  海里さんは柊斗に短めのトスを上げ、それをフェイントで決めた。 「っしゃぁ!」 「柊斗、いぇいっ!」  手を出してタッチを催促すると、柊斗はパシッとクールに応じた。  バレーボールは、その1点を決めるためには繋ぐ必要がある。1人では決められない。だからこそ、点が決まった時には決めてくれてありがとう、繋げてくれてありがとうと仲間に感謝を込めて喜びあう。  入部当初の柊斗はこれが出来なかった。今では普通にタッチしてくれるし、失敗すれば励ましてくれる。  なんだか嬉しくて、テンションが上がる。僕は柊斗の背中をバシっと叩いた。 「い゛っ!」 「次も頼むよ〜♪」 「はいっ、パワー注入!」  僕に続き、サキさんや那央也(なおや)さんも柊斗の背中を叩く。ノリの良い2人が場を盛り上げた。 「っしゃぁぁ部長っ!」  柊斗が雄叫びながらボールを渡す。晴樹は戦う目をして、それを受け取った。 「整ってきた」  そう呟いた晴樹のサーブは威力を増していた。  小守高校との試合は、序盤こそ押されたものの、終わってみれば圧勝だった。 -----------≪用語解説≫---------- 試合は練習のように、練習は試合のように:練習は緊張感をもって、試合はリラックスしてやる。そうすれば試合という緊張感の中で、実力を発揮できる。常に本気で練習することで、より成長できる。そんな意味の名言。 ブロックフォロー:仲間が打ったスパイクがブロックされた時に備えて、ボールの落ちそうな位置で待ち構えること。 ベースライン:コートの後方にある線のこと。 ドライブサーブ:回転を強くかけたサーブ。 4番:ユニフォームの番号。バレーボールは4番がエースナンバーであることが多い。 2番!:トスのサイン。何番がどの位置かはチームによる。

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