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第15話★
「まずは優勝、おめでとう」
晴樹のお父さんがグラスを掲げた。上品なロゼ色の泡が立ち昇る様は、スーツ姿によく似合う。父子の並んだ姿はあまりにそっくりで、なるほど晴樹は父親似だったのかと思いながら眺めていた。
立石家と牧野家が向かい合って座る。みんなで乾杯をすると、料理が運ばれてきた。その辺のファミレスで良かったのに、思いっきりコース料理だ。
「朝日奈も円産大もBチームだったからね、Aがどれくらい強くなっているのか気になるところだよ」
晴樹が肩をすくめる。
正面に座った晴樹は小さな声で “公式戦デビューおめでとう” と言って、改めてグラスを掲げてからミネラルウォーターを飲んだ。
僕と晴樹だけ、水だ。炭酸飲料を勧められたが断った。炭酸飲料に使われている白砂糖は、ビタミンやミネラルといった成長に必要な栄養素を大量に消費してしまう。つまり、砂糖は身長を奪う!
ちなみに前菜はホワイトアスパラガスと蛤のサラダ仕立て。アスパラのくせに白いなんて、僕は前世からこいつが苦手だ。
「ねぇ凌、晴樹くんから聞いて知っているけど、ちゃんと凌の口からも報告が聞きたいの」
フォークでアスパラを突いていると、母が僕を覗き込むように声をかけた。
普段化粧なんてしない母が、今日は色々塗りたくっている。父だって、試合なんて1度も観に来たことなかったのに……この場に父がいるという事が、この席がただの食事会ではないと物語っていた。
僕の父は一応αだ。少し変わった人で、見た目はそれなりにαだがコミュ力は皆無、普段は山にこもっている。山小屋で絵を描いたり写真を撮ったりして、それが生活費を稼ぐ程度には売れているらしい。母は父のファンで、押して押して押しまくって結婚したと聞いている。βである母が結婚に反対されなかったのは、父が家の中で問題児扱いされていたからだ。
テーブルマナーとは無縁だと思われた父が、案外きちんと食べている。そんな父は、母の言葉にはあまり興味がない様子で、蛤を口に運んでいた。
「えっと……」
フォークを置く。晴樹に目をやると、晴樹が代わりに口を開いた。
「そこは俺がもっと気を遣うべきでした、すみません」
「あぁぁあそんな謝らないで、凌が無頓着なものだから、晴樹くんには色々迷惑かけちゃってもう、本当にごめんなさいね?」
「いえ、俺は昔から凌が好きだったので、こうして凌のご家族と食事を囲めて幸せです」
僕の目を見ながら、恥ずかしい台詞をさらっと言ってのける。ふわっと微笑むその表情があまりにも幸せそうで、つられて笑みを返した。
「凌くん、本当にうちの子で良かったの?」
晴樹のお母さんが笑顔で身を乗り出す。
「晴樹に憧れてクラブチームに入ったので……はい、逆に僕なんかで申し訳ないというか……」
「凌くんのことは小さな頃から知っているし、立石家は大歓迎だわ」
嬉しそうにシャンパンを飲む。若い頃はモデルをしていたというだけのことはあり、美しい人だ。淡いサーモンピンクのパンツスーツがよく似合っている。フラミンゴみたいだと思った。動物園に行くと、真っ先に目を奪われる美しく華やかな鳥。
ついでに僕の母を鳥で例えるなら文鳥……は、褒めすぎか。小さくて愛嬌があり、元気で人懐っこい。父とは対照的に、コミュ力だけで生きてきたタイプだ。
「手が早いのは父親譲りだな」
「私たち、スピード婚で周囲を驚かせたものね」
「当時は色々言われたが、こういう事は時間をかければ良いってものでもないからな」
「そうね、今でもこうして仲良く暮らせているんだもの、それが何よりの証拠よね」
晴樹の両親が微笑みあう。仲睦まじい様子に周囲は和んだ。
「凌、おいで」
ふと、晴樹が立ち上がった。お誕生日席に移動して、僕を手招きする。
僕はまだスープも飲めていないのに、テーブルには鯛の蒸し煮デュグレレ風とやらが運び込まれてきた。
「こういうの恥ずかしいけど、きちんと挨拶しようか」
晴樹が耳元で囁く。
僕は小さく頷いた。
「今日は試合の応援ありがとうございました、それから、このような席を設けてくださりありがとうございます」
晴樹に合わせてお辞儀する。
「俺たちは番になりました、番だから結婚しなくちゃいけないという法律はありませんが、俺はそこはきちんとしたいと考えています、もちろん――」
晴樹が僕の肩を抱き、見下ろす。
「もちろん、凌が望んでくれたらですが……望んでくれる?」
優しい目だ。晴樹となら一生仲良くやっていけると思う。おじいちゃんになっても一緒にバレーボールをするんだ。そんな未来も悪くないと思った。
僕が首を縦に振ると、お互いの両親が拍手をした。
「よろしくお願いします」
晴樹に続いて挨拶をすると、僕はそっと項に手を伸ばした。柊斗が貼ってくれた絆創膏の貼り替え時はとうに過ぎている。
「ん? あぁ、汚れているね」
「あ……」
晴樹がそれを剥がす。
僅かに感じた喪失感は、その場のめでたい空気の中にかき消えた。
***
「美味しかったな」
晴樹は自身の腕を枕にして、こちらを向いて寝ている。
「美味しかったけどさ、もっと気楽な席だと思ってたのに……」
僕が頬を膨らませると、晴樹はクスクスと笑った。親指と人差し指で頬を挟んで潰す。
「でも、きちんと挨拶できて良かった」
「うちの両親は緩いから、あんなキッチリしなくても大丈夫だったのに……あ、晴樹のとこがダメなのか」
「いや、うちも案外堅苦しいのは苦手だよ」
晴樹のご両親はどちらも会社の経営者だ。今日のような席には慣れているはず。だがそこは重要ではないので聞き流した。
「とにかく、肩の荷が下りた気分だ」
ベッドが軽く揺れる。晴樹が身体を動かし、距離を詰めてきた。少し首を傾げればキスしてしまうような至近距離が恥ずかしくて、僕は寝返りをうって背を向けた。
「俺が我慢できなくて、色々早まってしまったからな……」
項を這う指先。
「後悔、してないか?」
甘さを含んだ声に変わる。
「してないよ」
僕が答えると、晴樹はゆっくりと噛み跡に口づけをした。そこから首筋に舌を這わせる。しばらく声を我慢していたけれど、その舌と指遣いに反応して、どうしてもぴくぴくと身体が動いてしまった。
晴樹が僕の肩を引いて上を向かせる。そのまま覆い被さり、僕を見下ろした。
「キス、してもいい?」
「キスだけ?」
「お望みならば、それ以上も」
晴樹が可笑しそうに笑う。
どうせキスだけじゃないだろうという意味で聞いたのに、それ以上をせがんだような感じになってしまった。
「は、発情期じゃないし」
「両想いなら、いつしても良いんだぞ」
「やーでも気が引けるというか、そん――」
ごちゃごちゃ言わせてもらう暇もなく、僕の口は晴樹の唇に塞がれた。
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