21 / 38
第16話
無事にシード権を獲得し、地区大会を3週間後に控え、いよいよJVCが本格始動するこのタイミングで、晴樹は選抜が重なり忙しそうにしていた。今週末には合宿もあるらしい。
3年生はJVCとは別で国の選抜大会がある。何度か試験があり、最後まで残れたらプロの世界も夢ではなくなる。第1回選考日が近く、晴樹は部活とは別に選抜用の特別練習にも参加している。さすがの体力おばけも疲れきっていた。
そんな忙しさのせいか、番になった余裕からか、晴樹は僕が柊斗と2人きりになってもあまり文句を言わなくなった。
***
「なぁ、サーブ練を部屋でやる方法って何かあるか?」
昼休み、食後のトス練中に柊斗が尋ねてきた。
高校からバレーボールを始めた柊斗にとって、今、1番の課題がサーブなのだろう。数打って感覚を掴むしかないと思うのだが、そうなると部活の練習だけでは足りない。
なるほど、それで困っているなら、バレーボール歴だけは長い僕が、張り切ってアドバイスをするしかない。
「それならこれとか……」
トスアップの練習をやってみせる。あとはタオルを使った練習や筋トレ、壁打ちが可能であればミート練習も良いと思う。と、思いついたものをいくつか教えた。
「今のは全部やるとして、やっぱ部屋で思いっきり打つのは無理だよなぁ」
「寮を追い出されるよ」
「夜中に体育館に忍び込むか……」
「そんな事したら警報鳴るよ」
とはいえ気持ちは分かる。部屋で出来る練習も意味はあるけれど、やはり可能であればネットに向かって打ちたいものだ。
「あ!」
ふと、閃いた。
「テニスコートのとこに壁打ち練習用の壁あるじゃん! あそこでネットの高さにテープ貼って練習するのはどう?」
「使っていいのか?」
「テニス部が使わない時間なら、先生に一声かければ大丈夫じゃない?」
「なるほどな」
αのお願いというものは、だいたい通る。αならば出席日数でも何でも、どうにでもなる世界なのだ。
柊斗が先生にお願いをして、僕達は練習用の壁を手に入れた。
***
壁打ちの音が響く。
まだ朝の6時だというのに、柊斗は一体何時からやっていたのだろうか。
「おはよう、早いね」
柊斗は手を止めずにおはようと言った。ただひたすらボールを追う真剣な横顔は、朝日を浴びてきらきらと輝いている。あまりに綺麗で、眩しくて、僕は慌てて目を伏せた。
軽く準備運動をして、少し離れた場所で練習を始める。
しばらく練習を続けていると、ふと気になることがあった。
「それ、監督から言われてるの?」
「何が?」
「だって、ジャンプサーブの練習してるから」
ただでさえ入らないボールが、ジャンプをしたらますます入らなくなる。とりあえず飛ばずに練習した方が良いのではないか、と思った。
「いや、サーブに関しては何も言われてねぇよ」
柊斗が左腕で汗を拭う。
「ただ、ちゃんと入れろよって、サーブが安定したら文句なしにレギュラーだって」
そして、ペットボトルの蓋を開けて、水を一気に半分飲んだ。
柊斗はさらっと言ったが、文句なしにレギュラーだなんて、とんでもない発言だ。監督の性格を考えたら、条件付きだとしても最高の褒め言葉なのだ。監督からそんな風に言ってもらえるだなんて羨ましすぎる!
とはいえ監督が目を掛けるのも分かる。柊斗は明らかに動きが違う、出来る人の動きとでも言えば良いのだろうか。とにかくフォームが美しいのだ。
フォームの綺麗さは重要だ。ただ魅せるだけじゃない。フォームが綺麗じゃないと安定しないし、安定していないと試合で緊張した時に入らない、決まらない。
僕はジュニアの頃からフォームを意識して練習してきた。それでもいまだに満足できていない。なのに柊斗は直感で出来てしまっているというか……こういう人を天才って呼ぶんだろうなぁと思う。
強豪相手にスパイクを決められる腕を持ちながら、サーブは入らない。そんなアンバランスさが可愛い、と言ったら失礼かもしれないが、なんだか放っておけない。
柊斗は僕にとって、目が離せない面白い選手であり、一緒にいたい友達だ。
「いったんジャンプせずに練習してみたら?」
「でも飛んだ方が威力が増すだろ?」
「飛ばずに安定して入れられるようになってからジャンプの練習をした方が近道だと思うけどなぁ」
柊斗なら今の練習でも出来るようになるだろうけど、効率を考えたらその方が良いと思った。
「分かった、そうする」
柊斗が素直に頷く。
そしてまた、黙々と練習を始めた。
***
朝の練習を終えた柊斗が、壁にもたれて弁当を広げた。
「柊斗、準備いいね」
僕もお腹がすいた。今から戻れば寮の朝食に間に合う。柊斗のサンドイッチを眺めながら荷物をまとめた。
「言えば用意してもらえるだろ?」
「βとΩの寮にそんなサービスは無いよ」
「今はα寮にいるんだろ?」
「そうだけど、扱いはゲストだから」
α寮で暮らしてはいるが、β寮に籍がある。αの特権は、僕にはない。
「なら部長に手配してもらえよ」
「選抜で忙しそうだし……」
最近の晴樹を見ていたら、お願いするのは気が引ける。1度寮に戻れば済む話なので、諦めようと思った。
「なら、オレが2人分持ってきてやるよ」
「いいの?」
「別に、量を倍にしてくれって言うだけだし、おまえが来なけりゃ2人分食べるし」
テニスコートと寮は離れているので正直助かる。テニスコートからは校舎も近いし、ギリギリまで練習できるのも嬉しい。
「ありがとう!」
満面の笑みでお礼を言った。
***
振り返ると、ここが分岐点だったのかもしれない。いや、結局いつかは……。
何度考えても、答えは出ない。
-----------≪用語解説≫----------
トスアップ:サーブを打つ前のボールをあげる動作。
ミート練習:手のひらでボールを打つ感覚を身につけるための練習。手のひらの下でボールを巻き込むように打ち上げていく。
ともだちにシェアしよう!