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第17話

「これ美味しい!」  柊斗と壁にもたれて朝食をとる。それが日課になりつつあった。 「やっぱ朝は米だよな」 「うん!」  一緒に朝練して、昼練して、部活して、夜も食後に軽く運動して。時間を共有すればするほど、考え方や笑いのツボ、食の好みなどが合うことに気付かされた。 「柊斗って超いいやつなのに、初めて会った時、なんであんなに尖ってたの?」 「別に……ただ色々あって、βは面倒くせぇと思ってた」  柊斗の母方がβ家系で、家庭でも学校でも、色々と苦労をしたらしい。  環境に恵まれていたら、もっとまぁるい柊斗だったのかもしれない。そんな柊斗も見てみたいと思ったが、そうなると懐かない野良猫が懐いたような喜びは得られなかっただろう。それはそれで、少し寂しい気もした。 「偉そうで、上手くて、態度悪くて、意外と真面目で、口は悪くて……って、好印象と悪印象が交互に押し寄せて、あの頃は混乱したなぁ」 「オレだって、おまえグイグイ来るしウザいと思ってたぞ? まぁ、バレーボールをしているおまえを見てたら、気がついたらこうなってたけどな」  柊斗がおにぎりを掲げて見せる。  こんなに仲良くなれるとは、スポーツの力は偉大だ。  僕達は笑い合った。 「なんでサッカーからバレーボールに転向したの?」  ふと、今までなんとなく聞けずにいたことが、さらっと口から出た。 「兄が……」  柊斗がおにぎりを食べる手を止める。 「兄がさ、すっげぇ才能ある人だったから……オレがいたら戻れねぇから」  ぽつりぽつりと話してくれた。  ひきこもりの兄が、いつか再び立ち上がれた時に帰れる場所をと、柊斗はサッカーから身を引いたらしい。  自分がサッカーを続けていては兄が戻れない。自分は兄のコンプレックスを刺激するだけの存在で、近づいても傷付けあうことしか出来ない兄弟だから、仕方がないと笑った。 「オレは父親に言われてやってただけだし……まぁ、サッカーもそれなりに楽しかったけど、今はバレーボールの方が楽しいし、あんま重たく考えんなよ」  優しい笑顔で、でもその瞳は悲しげに揺らめいて。柊斗の抱えるものは、僕が思う何倍も重たく苦しいものなのかもしれない。  過去はどうしてあげる事も出来ないけれど、せめて未来は一緒に明るく楽しく……なんて、おこがましいかもしれないけれど。  僕は、前向きな話題を振った。 「今度の地区大会、柊斗はきっとスタメンだよ」 「いやどうかな、関さん人望あるし」 「勝ちに必要だよ、柊斗は」  チームが勝つために、柊斗は必要だ。関さんには悪いが、それはみんなが感じているところだと思う。多少まだまだなところはあっても、監督はきっと、柊斗を夏に向けて育てる選択をするだろう。 「僕も諦めてないから」  僕だってもっと試合に出たい。柊斗に負けていられない。  牛乳を飲み干し、立ち上がった。 「背も1センチ伸びたし!」 「リベロなら気にする必要ねぇだろ」 「いやいや、プロのリベロは170センチ以上あるし、さすがにもう少し欲しいよ」  身長は、伸びるなら伸びるだけ欲しい。 「おまえ今何センチ?」 「ふふっ……朝なら170センチ!」  ドヤ顔で2本の指を立てる。 「朝ならって、何で朝?」 「背は夜に向かって縮むだろ? 朝と夜じゃ多い時は2センチくらい違うんだよ」 「なら実際は168センチって事か」 「170センチっ!」  僕は今後身長を聞かれたら170センチと回答するだろう。朝測ればあるし、嘘ではない。 「オレも骨端線まだ閉じてねぇから、まだ伸びそう」  柊斗が手を開いてこちらに向けた。 「骨端線って、骨の末端の成長軟骨ってゆーか、いわゆる子どもの骨みたいな?」  確か、身長を伸ばす方法をネットで調べた時に、成長が止まったかどうかを確認する方法として書いてあった気がする。 「そう、それがあるうちは伸びるって話」 「骨端線がまだ閉じてないって、なんで分かるの?」 「3月に手の怪我でレントゲン撮って、その時に言われた」 「まじか」  僕も自分の骨端線を確認したい。でも、もし閉じていたらショックが大きすぎるから見たくない気もする。  柊斗は最後の一口を口に放り込み、ゴミをくしゃくしゃと丸めた。 「ってか、じゃあ190センチも夢じゃないってこと!?」 「いくかもな」 「きぃぃ! 羨ましい!」  僕が飛び跳ねて羨ましがると、柊斗は笑いながら立ち上がった。 「おまえの方こそ、色々持ってて羨ましいよ」 「色々って何?」 「色々は色々、おまえは凄ぇよ」  ぽんぽんと僕の頭を叩き、柊斗が歩きだす。僕も慌ててその後を追った。 *** 「αは高校から始めてもレギュラーになれちゃうんだもんなぁ」  ふと、藤木が呟いた。目線の先には監督と話をしている柊斗の姿がある。  僕と荒木と藤木の3人は、体育館のモップがけをしている最中だ。1列に並び、息を合わせて進む。 「努力が馬鹿らしく思えてくる時があるよね」 「なー、俺達ジュニアから頑張ってるのに……結局はαなんだよな」  バレーボール歴が長いほど上手いというものではない。と、頭では分かっていても、小さな頃からそれなりに努力をしてきた2人にとっては辛い現実なのかもしれない。  αが羨ましくないと言えば嘘になる。愚痴の1つも言いたくなる気持ちだって分かる。だが、ちょっと黙っていられなかった。 「柊斗は朝も休み時間も夜も、ずっと練習しているし、本や動画で勉強もしてるよ」 「そんなのみんな一緒だし、今ちょっと人一倍頑張ったからって偉そうには出来ないっしょ」 「中学まで何もしてなかったわけじゃないし、サッカーの経験とか、そこで鍛えた肉体とか、そういう地盤があるから上手いんだよ」 「そんなこたぁ分かってるよ! でもαには敵わないものもあるだろ? 身長とかさ……愚痴くらい言わせろよ」  藤木がスピードを上げる。僕もモップを握る手に力を込めて続いた。  スポーツ全般、αが有利な世界だ。その中でも特にαとβΩで差が開いてしまうのがバレーボールだ。藤木も荒木も、それを分かった上で、それでもバレーボールが好きで、このハードな練習についてきている。  藤木や荒木の気持ちも分かるし、弱音くらい吐かせてやりたい。でも、それが柊斗を攻撃するような発言につながるなら、今後も黙っていられないと思った。 ***  片付けが終わり更衣室へ向かう途中、名前を呼ばれた。 「凌!」  振り返ると、晴樹が立っていた。 「日曜日に帰るから」  大きな荷物だ。そういえば選抜合宿は今日からだったか。 「最近全然時間なくてごめんな?」 「大丈夫だから、選抜頑張ってね」 「あぁ、最後まで残ってみせるよ」 「応援してる」  晴樹なら絶対に残れる。僕は晴樹にガッツポーズを贈った。 「ありがとう」  晴樹がふわっと微笑む。  僕はメッシュバッグを肩にかけなおし、晴樹に手を振ろうとした。 「ね、ちょっとこっち来て」  その手を掴まれて、階段の防火扉の裏に引っ張り込まれる。あっ、と思った瞬間、唇が重なった。 「じゃ、行ってくる」  晴樹が軽く手を振り、走り去る。  僕は唇に手をあてた。軽く触れただけのキスに、ドキドキが止まらない。  晴樹が見えなくなってから、やっと我に返りあたりを見回した。誰にも見られていなかったようで、ほっと胸を撫でおろす。  今日も明日も、晴樹はいない……そう思った瞬間、ふと1つのアイデアが浮かんだ。  バレーボールはチームスポーツだ。荒木と藤木と木下にはもっともっと柊斗のことを知ってもらいたいし、柊斗にも3人のことを知ってもらいたい。まずは1年同士の交流を深めようと、さっきのこともあり使命感に燃えた。  パジャマパーティー、するしかないよね?

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