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第18話(前編)

「えーみなさん、パジャマパーティーへようこそ、乾杯!」  僕が乾杯の音頭をとると、荒木、藤木、木下、そして柊斗がつられてグラスを持ち上げた。 「いやいやいやいや、ミーティングじゃなかったの?」  荒木がつっこむ。  確かに、言葉足らずだったかもしれない。だが集まってしまえばこっちのものだ。 「ミーティングという名のパジャマパーティーです」 「パジャマ着てないし、ってか俺達そんな長居するつもりないよ? 寮には勝手に泊まれないだろうし」 「そこは柊斗の力でなんとか……」  柊斗に目を向ける。相変わらずのムスッとした顔で僕を見ていた。 「消灯時間までには帰れよ」 「なんでだよぉ……電気が消えても語り合う、そんな熱い夜にしたかったのに」 「部屋を提供しただけありがたく思え」  柊斗が1人掛けソファで足を組む。僕は3人が座る長いソファの端っこに座った。柊斗の身体が大きいから、こういう家具も大きくなるのだろう。4人で座ってもゆとりのあるソファだった。 「ってか、寮ってこんな感じなんだ」  藤木が部屋を見回す。僕も改めて部屋を見回した。間取りや広さは晴樹の部屋とほぼ同じ。ただ、アクセントカラーや家具が黒色なので、印象はガラリと変わる。荷物は少なく、生活感のない部屋だった。 「βの寮もこんな感じ?」  荒木がキラキラした目で僕を見る。 「いや、β寮は激狭だし壁も薄いし、寝るためだけの部屋だよ」 「そっか……」 「いいよなぁαは、常に特別扱いでさ」  しょんぼりする荒木の隣で、藤木が不満を口にした。 「遺伝子に恵まれて、優遇されて、悩みとか無さそうだよね」  荒木が不安そうな目で僕を見る。木下はお菓子の袋を開けて、ポリポリと食べ始めた。 「おまえ想像力乏しいな」  柊斗は落ち着いた様子でお茶を飲む。 「なりたくてαになったわけじゃねぇし、αにはαの悩みくらいあるだろ」  藤木が悔しそうに唇を噛んだ。  開始早々、雰囲気が最悪だ。合宿で一緒に試合をした時は良い雰囲気だったのに……あの日を思い出せば、この空気も変わるかもしれない。 「ね、ねぇ! 合宿の時さ、僕たち凄かったよね!?」 「そうそう、竹大付属に勝ったもんね!」  僕の話題に荒木がのる。 「僕たちが3年生になって、このメンバーでまた試合に出ることになったらさ、4人で拾って繋げて、柊斗に決めてもらって――」 「そんなの、来年再来年に入ってきたαがレギュラーになるだけだよ」  藤木がぴしゃりと遮った。 「このメンバーで公式戦に出る日なんて来ない……練習試合くらいはあるかもだけど、それも望み薄いだろ」  木下がお菓子を食べる音だけが響く。しばらくして、最初に口を開いたのは柊斗だった。 「じゃあなんで部活辞めねぇの? あからさまにα優遇の部だって分かってみんな辞めだだろ? 練習だってαの体力に合わせたメニューでおまえらにはオーバーワークだろうし、なのになんで残ったわけ?」 「そ、そんなのっ……」  藤木の唇が、小刻みに震える。荒木が狼狽えながら周りをきょろきょろと見回した。 「そんなの、バレーボールが好きだからに決まってるでしょぉぉがぁぁ」  そして、藤木が泣いた。  楽しい会にするつもりが、喧嘩をするための集まりになってしまった。どうすれば良いのかぐるぐる考えるが、なかなか答えが出ない。 「……藤木、ジュニアの頃は注目選手だったんだよね」  しばしの沈黙の後、無関心に見えた木下が初めて口を開いた。 「月バに特集された事もあるし、今も普通に上手いだろ?」  確かに上手い。藤木も荒木も、木下だって、どれだけ努力を重ねてきたかを節々で感じる。 「高校生になったら体格で劣り、通用しなくなる……だからって諦められるほど薄っぺらい気持ちでやってきてないから、だから苦しいんだよ」  分かってやってと言いながら、藤木の背中をさすった。 「まぁ僕はリベロって道もあるし、社会人になればβだけのチームも大会もあるし、そう悲観することでもないと思ってるけどさ」  木下は笑い、チョコスティックを摘み上げた。 「ほら藤、甘い物でも食べて落ち着きなよ」 「う゛ん゛……」  受け取り、素直に口に運ぶ。絶妙なタイミングでお茶を渡したり、さすが幼馴染、阿吽の呼吸だった。 「前にこいつが言ってたけど、βにはβの戦い方があるんだろ?」  柊斗が僕を指差す。 「αの良さとβの武器を合わせたらさ、面白いチームになるんだろうなって、期待してるのはオレだけなのか?」  そして、ソファの手すりに肘を置き、頬杖をついてそう言った。 「そうだよ! それが涼風の強みでもあるし!」  僕も藤木を覗き込んで言った。  前に僕が言ったことを柊斗が覚えていてくれた。それだけじゃない。期待していると言ってくれて、嬉しかった。 「朝日奈も円産大も、ギャフンと言わせてやろうよ!」  頑張れば頑張った分だけ結果が出る。結果が出なかったとしても経験が残るし、その努力は決して無駄にはならない。だから僕たちも頑張ろうよって、必死に喋った気がする。  今までのこと、これからのこと、僕達は色々熱く語った。  気がつけば遅い時間になっていた。 「時間やばっ、親に探されるっ」  荒木が時計を見て立ち上がる。藤木と木下もチームトレーナーを着て、荷物を肩にかけた。 「じゃあ帰ろっか」 「おじゃましました」  3人がお辞儀をして、部屋から出ていく。  僕はお見送りをしようと後に続こうとしたが、襟元を掴まれて足がガクンと止まった。 「そ、う、じ」  振り返ると、柊斗が室内を指差した。 「ってことだから、ここで解散で……」 「大丈夫、掃除任せちゃってごめんな? 今日は色々話せて良かったよ、ありがとう」  なんと、藤木がお礼を言った!  藤木は感情が表に出やすくて、分かりやすくて、可愛いヤツだった。それに気付けただけでも、今日の会には価値があったと思う。有意義な時間を過ごすことができて良かった。  3人に手を振って別れると、僕と柊斗は部屋に戻った。  渡された袋にゴミを入れて、グラスを洗う。柊斗はテーブルを拭いた。  床はロボット掃除機が毎日走るから良いと言われたけれど、どう見てもそこまで汚れていない。案外綺麗好きなんだなと思った。 「ねぇ、せっかくだし、2人で続きする?」  夢を語ると熱くなる。テンションの上がりきった僕は、まだまだ語り足りない。 「続き?」 「本当のパジャマパーティー、風呂入って着替えてくるからさ、また来てもいい?」 「……なんで?」 「え、だってもっと色々語りたい」  柊斗は困ったような顔をしつつ、温かいお茶を淹れてくれた。

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