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第18話(後編)

 柊斗は困ったような顔をしつつ、温かいお茶を淹れてくれた。 「これ飲んだら解散な」 「えぇぇ〜! そんなの、すぐじゃん!」  小さな湯呑み、こんなの冷めれば一気に飲めてしまう。寝落ち覚悟で語りたいのに、柊斗のノリが悪すぎる。 「泊まっちゃダメなの?」 「明日も練習あるし、ゆっくり休もうぜ」 「今日くらい良いじゃん」  しつこくお願いをすると、柊斗は溜息をついて僕の隣に座った。 「あのさ、無かったことにして接してきたけど……おまえ、あの日の事を忘れたわけ?」  柊斗がソファの背もたれに腕を乗せる。肩を抱かれたような錯覚があり、ドキドキしてしまった。 「あの日って……」 「オレがまた変な気を起こしたらどうすんの?」 「あれは発情期のせいでっ……今は発情期じゃないし、大丈夫だよ」 「あのなぁ、人間の性欲って年中無休だから」 「年中無休って!」  発情期じゃなくてもそういう事は出来ると言いたいだけだろう。が、何だか色々と想像してしまい、赤面して目を逸らした。 「友達でいたいと思ってるけど、αとΩな以上そういう目でも見れちゃうわけ」  柊斗が僕を覗き込むように首を傾げる。  確かにΩ男子はちょっと特殊な存在だ。同性でありながら、結婚も子どもも出来るのだから。  とはいえ、だいたいのΩは細くて白くて中性的で、お人形さんのように美しい。だからこそ、柊斗が言うように “そういう目” で見られるわけだ。だが僕は違う。可愛いと言ってくれるのは母親と晴樹くらいだし、見た目で誘うとは考え難い。 「おまえ番いるんだから、うっかり他のαから手を出されたら拒否反応で大変だろ」 「そうらしいけど……ってか、柊斗は何をそんなに心配してるの?」  僕に欲情すると誤解するような言い方をしてくるのは何故だろう。発情期を以ってしても手を出さないほど、僕に魅力を感じていないくせに。 「パジャマで一緒に寝転がって、何も起きないわけがねぇだろ」  嘘だ。  柊斗が距離を詰めてくる。心臓がうるさすぎて、僕は胸元をぎゅっと掴んだ。 「ほら、こういう事されたら、吐き気がするだろ?」  手のひらがゆっくりとTシャツの裾から入り込む。肩甲骨の輪郭をなぞるように撫でられると、ぞくっと甘い痺れが背中に走った。 「べ、別に大丈夫だしっ」  恥ずかしい声が出ないように、自分で自分の口を押さえる。  柊斗の大きな手のひらが、僕の背中を這う。拒否反応らしき感覚はなく、むしろいつも以上の感度というか、軽く撫でられているだけなのに、涙が出るほど気持ち良い。 「これで分かっただろ? だから帰れよ」  すぐに手は離れた。  柊斗がティッシュを2枚掴み、差し出す。僕は受け取って、涙を拭いた。 「柊斗……あのっ、えっと……」  やめないで、とは言えない。だって僕には晴樹がいるのだから。でも何故だろう、心も身体もどうしようもないほど柊斗を求めた。 「ごめん、帰るね」  何が起きたのだろう。  僕は、逃げるように部屋を出た。 ***  壁打ちの音が響く。  まだ朝の6時だというのに、相変わらず柊斗は朝が早い。 「おはよう、早いね」  いつも通りの挨拶。柊斗も手を止めずにおはようと返した。 「昨日はごめん」 「別に、気にすんな」  真剣な横顔は、今日も朝日を浴びてきらきらと輝いている。あまりに綺麗で、眩しくて、僕は自分の気持ちに気付いてしまった。  出会った日のことを思い出す。柊斗を初めて目にした瞬間、胸が騒いで苦しかった。そして、気がつけば自分から話しかけていた。恋愛に疎いせいで気づけなかったけれど、あれは一目惚れだったのではないだろうか。  心のどこかでいつも引っかかっていた、柊斗へのドキドキ。その意味にやっと気がついた。理由は分からないけれど、恋は理屈じゃないらしいし、考えても無駄なのだろう。  でも僕は、ぐるぐると考えた。  積み上げてきた思い出の量が違う。晴樹とのそれは、知り合ったばかりの柊斗とは比べ物にならない。僕は晴樹の良いところをいくらでも言い続ける自信があるけど、柊斗はどうだろうか。まだ分からないことの方が多い。  柊斗は晴樹と違って欠点も目立つ。口が悪いし、人間嫌いで喧嘩を売るようなことばかり言うし。誤解されやすい性格だが実は優しい、そのギャップが魅力だと言えなくもないが、だから好きになったなんてこともない。  本当に何故だろう。柊斗に触れられた時、ものすごく嬉しいと感じてしまった。もっと触れてほしかったし、触れたかった。  何故?  何に惹かれた?  こんなにも気持ちが揺れる理由は?  一時の気の迷いなのか?  考えても分からないし、答えが出たところで、僕の番は晴樹だ。そう、考えても無駄なのだから、考えない方がいい。この気持ちは仕舞い込むべきだ。  それに、地区大会が目前に迫っている。100%でやらなきゃ勝てるわけがない。僕の人生に、恋愛なんていらなかったはずだ。  試合に集中しよう。  僕は、両手で自分の頬を叩いた。

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