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第19話
今日はとうとう地区大会だ。
アップをしていると、本部へクジを引きに行っていた晴樹が、笑顔で戻ってきた。
「やるじゃん晴樹♪」
サキさんが晴樹に体当たりをかます。
「もってるな〜晴樹、よくやった!」
監督も嬉しそうに拍手を送った。
地区大会の対戦はクジで決まる。2つのトーナメントに分かれていて、それぞれの優勝が次の地方大会へと駒を進めるのだが、晴樹は朝日奈と円産大とは違うトーナメントを引き当てた。
つまり、朝日奈と円産大が潰し合ってくれる。涼風は地方大会へ進める可能性が高くなったということだ。
ちなみに、地方大会の次はとうとう全国。夢の大舞台が近づいてきて、みんな一気にテンションがあがった。
***
対戦表を見た時から、何となく結果は見えていたけれど。トーナメントは圧勝だった。あっけないほど早く、無事に地方大会への切符を手に入れた。
が、今日の試合はここで終わりではない。最後に地区大会の優勝を決めるため、トーナメント優勝同士の試合が行われる。
もう1つのトーナメントを勝ち上がってきたのは、朝日奈高等学校だった。
「よぉ晴樹、地方大会進出おめでとう」
朝日奈のエースが、ネットを挟んで声をかけてきた。確か晴樹と同じ選抜メンバーだったはず。晴樹が選抜の話をしてくれる時によく話題になる人物で、仲が良いと聞いている。
「蓮もね、おめでとう」
晴樹が蓮と呼ぶその人は、くしゃっと笑った。長めの髪をバンドでおさえて、左足にはロングサポーター。デキる男のファッションに、一瞬目を奪われた。
ロングサポーター、かっこいい!
「最近ずっと選抜で一緒だったし、ネットを挟むのは逆に新鮮だよな」
「確かに」
「あ、その子が噂の?」
急に視線が集まり、少しだけ緊張する。
「そう、凌だよ」
「凌くーん、よろしくな!」
晴樹が僕を紹介すると、蓮さんは無邪気に手を振った。綺麗に揃った白い歯が、キラリと光ったような気がする。人懐っこくて爽やかな人だと感じた。
手を振り返すのも気が引けるので、僕は軽く頭を下げた。
地区大会の決勝戦はBコートで行われる。体育館のど真ん中だ。AコートとCコートは既に片付けられて、会場内の視線は全てBコートに注がれていた。
朝日奈のバレーボール部はBチームすら全員αという選手層の厚さだ。背も高く筋肉質な面々は、黒いユニフォームの印象も相まって、すごく強そうに見える。いや、実際強い。合同練習中、スパイクの音とスピードが異次元すぎて、僕は内心目を見開いた。
晴樹が6人いる、というのが朝日奈を間近で見た感想だった。
合同練習が終わると、全員で晴樹を囲み、円陣を組んだ。
「涼風!」
晴樹が声を張る。
「勝利!」
みんなで勝利と続くと、中心にいた晴樹が大きく跳んだ。はじけるような笑顔で仲間に自信を与え、士気を高める圧倒的なカリスマ性。晴樹がいるから大丈夫、そう思わされた。
晴樹の着地を合図に駆け寄りハイタッチをして、各自の持ち場へと走る。僕もアップゾーンに移動し、ぴょんぴょんと跳びつつコートの中へ視線を巡らせた。
「牧野」
と、すぐに監督から呼ばれた。
僕は慌てて駆け寄り、立膝をつく。
「リベロ入れ」
「は、はいっ」
トーナメントでは、僕と拓さんが半々で出ていた。弱い相手なら僕でも良いってことなのだと思っていたが、これは期待してしまう。監督の意図を都合良く解釈するならば、僕に強豪との試合を経験させようとしてくれているのだ。
拓さんがベンチへ下がる。僕は拓さんにお辞儀をしてから、コートに立った。
副審に背番号を見せながら会場を見回すと、色とりどりの部旗が目に飛び込んでくる。
『朝日奈魂』
朝日奈の部旗にはそう書かれていた。“人に勝つより自分に勝て” とか、“一球入魂” とか、そういうメッセージ性の強いものが目立つ中、これだ。朝日奈という王者には、どんな言葉よりも響く4文字なのだろう。
顔の向きを変えて、涼風の部旗を見上げる。
『一隅を照らす』
ベタかもしれないけれど、試合前にこれを見上げるのが僕のルーティンだ。
いちぐうをてらす、と読む。一人ひとりがそれぞれの持ち場で最善を尽くす。自分が光れば隣にいる仲間も光る。そうやって光が集まって、やがて大きな力となる。そんな意味だと、入学したばかりの頃、晴樹が教えてくれた。
涼風らしい言葉で好きだ。
バレーボールはαを集めりゃ良いってものじゃないと、チームで光る素晴らしさを知ってもらいたいと、僕は思う。
まぁ、僕たちが強くなければ伝わらない話だし、伝えたければ勝つしかないのだけれど。
試合開始の笛が鳴る。
晴樹、サキさん、海里さん、優里さん、那央也さん、そして柊斗と僕。最近はこのメンバーでも練習を重ねている。チームの勝利を信じて、どんな球だって上げてやる!
僕は低く構えた。
相手のサーブから始まる。どう見てもαではない僕は狙われやすい。朝日奈も例に洩れず、僕を狙ってきた。
威力があるというだけのサーブなら大丈夫。僕はキッチリと自分の仕事をした。
「海里さん!」
海里さんが綺麗にトスを上げる。もちろん、晴樹にだ。うちの圧倒的なエース、それが晴樹だという事は向こうも分かっている。ブロックはきっちり3枚、だが晴樹はドライブをかけて、エンドラインを狙って打ち、しっかりと決めてくれた。
「かっけぇぇぇ!」
那央也さんがテンション高く叫ぶ。
「ナイスキー!」
「さすが♪」
みんな口々に晴樹を褒めた。晴樹はボールを受け取り、ベースラインに移動する。
晴樹は1発目から絶好調だった。力とスピードを乗せたサーブは、ライン際にノータッチで落ちた。だが、向こうも負けてはいない。 2本目は許さず、ストレートで決めてきた。
「ここから俺のターンね」
蓮さんがにっこりと笑う。言った通り、そこから3点、一気にもっていかれた。点差は2だが、この流れはまずい。どうにかして流れを断ち切りたい。
僕は相手サーブをオーバーで受けた。指先に力を入れて、ボールの威力に負けないように頑張ったのだが力及ばず、後ろに流れてしまう。振り返ると柊斗がボールを追いかけていた。フォローできるよう、僕も後に続く。
ボールのスピード、距離、絶対に間に合わないと思った。が、柊斗が左足を前にしてスライディングすると、ボールは足先にあたり、コート中央へ戻された。
この距離で、ダメ元で足を伸ばした場合、普通なら前へ蹴り飛ばして終わる。それを綺麗にコート内に戻した足技に、会場が沸いた。
サキさんが中央から打つ。威力は無いが、穴を見つけて見事に決めた。
「柊斗もサキさんもナイスぅぅぅ!!」
僕は両手を広げて、コートの中を走り回って喜びを表す。最後に柊斗の背中を叩くと、相変わらずの無愛想な顔に、少しだけ微笑みを浮かべた。
序盤から点差は開かず、接戦だった。
-----------≪用語解説≫----------
アップゾーン:コート内にいない選手が待機するエリアのこと。ここで立って動いているか、ベンチに座るか、どちらかで待機をする。
ストレート:ネットと垂直方向に、相手コートに打ち込むスパイクのこと。
ナイスキー!:「nice kill」という意味。凄いスパイク(攻撃)を褒める時に使うかけ声。
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