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第20.5話 ※柊斗目線

「んー、トイプードル」 「なんだよそれ」  まぁ確かにスパイラルパーマはトイプードルに似ているかもしれない。色も茶色いしな、うん、気持ちは分かる。だからって、オレがトイプードルだなんて、そんな可愛いものに例えられるとなんだか笑ってしまう。  凌が背伸びをして、オレの髪をくしゃくしゃとかき混ぜる。自分から触れているわけじゃないし、これくらいいいよな?って、されるがままにした。  オレはついさっき、こいつを抱きしめてしまった。我に帰り、すぐに解放したけれど、危なかった。番が出来た今も尚、相変わらず惹かれてしまう。時々、間違いを犯しそうになる。  理性が負けないよう、願うばかりだ。 *** 「うそだろ……」  職員室に鍵を返した。その間、凌は職員室前にあるソファに座って待っていたのだが、オレが先生と話している間に眠ってしまったらしい。 「おい、行くぞ」  身体を揺すってみる。が、全く起きない。  先生と話していたと言っても、そんなに長話はしていない。地区大会準優勝おめでとう〜ありがとうございます、調子はどう、いや別に変わりないです。そうか、次の大会も頑張れよ〜程度の薄っぺらい会話だ。多く見積もっても2分。こんな短時間で寝るなんて、誰が予想できただろうか。 「なぁ起きろって」  強めに揺するが、可愛く唸るだけで起きない。仕方がないので下駄箱の床に脱ぎっぱなしの凌の靴を拾い、いったん鞄につっこむ。そして、自分の荷物と救急バッグを肩にかけて、凌を抱き上げた。  朝から試合だったため、いつもより荷物が多い。いくらこいつが軽いからって、なかなかの重労働だった。  寮に着く頃には汗をかいていたが、嫌じゃなかった。このまま、こいつが寝てしまったから仕方がないと言い訳をして、自分の部屋に持ち帰ってしまいたい。  迷ったけれど、結局オレはエレベーターに乗り、部長の部屋がある5階のボタンを押した。 *** 「え、寝ちゃったの?」  部長は少し驚いた後、優しく微笑んだ。 「ひとまずそこのソファにお願い」 「失礼します」  促されて、部屋に入る。リビングのソファに、凌をそっとおろした。 「これ、どこに置きますか?」  救急バッグと凌の靴を差し出すと、部長は救急バッグだけを受け取った。 「靴は玄関にお願い」 「わかりました」  もうこの部屋に用はない。凌と部長が暮らす空間であれこれ考えてしまうのも苦しいだけだし、オレはすぐに自室へ戻ろうと思った。 「あ、そうだ柊斗」  が、呼び止められた。  振り返ると、部長がテーブルの上を指差している。 「夕飯まだだろ、一緒にどうかな」 「……それ、あいつの分ですよね?」 「どうせ起きないよ、まぁもし起きたら柊斗の分を持ってきてくれたらいい」  確かに、この部屋に夕食があるってことは、オレの部屋にも同じものが届いているはずだ。  α寮は、食堂の時間に間に合わない場合、こうして部屋に届けてもらえる。もちろん申請が必要だが、部活が理由の時はマネージャーがまとめて手配してくれるのでありがたい。 「じゃあ、お言葉に甘えて」  断ることもできたが、さっきの拓先輩のことも気になったので、誘いを受けた。  玄関に凌の靴を置き、自分の荷物をおろす。そして洗面所を借りて手を洗い、部長の向かいに腰をおろした。 「温めなおしたんだけど、熱すぎたらごめんな」 「別に大丈夫です」  弁当の蓋を開ける。焼肉弁当だった。  身長を伸ばすなら牛肉だと、いつも騒いでいるあいつが喜びそうなメニューだ。厚焼き卵でプロテインもバッチリ、野菜もブロッコリーとほうれん草とは気が効いている……っと、凌が毎回食事の時にうんちくを傾けるので、オレもなんとなくチェックする癖がついてしまった。  いただきますと言って、部長が箸をつける。 「凌と一緒に試合に出たいって、監督にお願いしたんですか?」  オレもほうれん草を口に運びつつ、いきなり本題に入った。 「そんなお願いを聞くような監督じゃあ、全国には行けないよね」 「なら、お願いしてないって事ですか?」 「凌とは番である前に幼馴染だからね、今年を逃したら一緒に全国へ行く機会はもう無いわけだし、そういう願いがあるのは確かだよ」  部長は肉の脂身を取り除きながら食べている。肉の下にあるパスタは食べないタイプだろうなと思いながら、オレは疑問を口にした。 「つまりどういう事ですか?」 「そういう雑談なら、したことがある」 「雑談、ですか」  それを拓先輩は聞いたのかもしれない。 「さっき、こいつが拓先輩から色々言われてて……部長を使ってレギュラーになったような言い方をされてました」  首を右に傾けて、ソファに目をやる。凌はすやすやと眠っていた。 「なら、拓と話してみるよ」  部長は、教えてくれてありがとうと言いながらお茶を飲んだ。  米と肉をかっこむ。あいつが見ていたら、よく噛んで食べろと言うだろう。一緒に食べる時はなるべくゆっくり食べるよう気をつけているが、本来であれば食事に5分もいらない。 「でもさ、コネも実力のうちだと思わないか?」  部長は頬杖をついて、凌へ優しい眼差しを向けた。 「俺はジュニア時代、監督や周囲の大人達から気に入られて特別扱いを受けたし、進学も選抜も監督の口添えがあったし……でも、その事で周囲に文句を言わせないだけの努力はしてきたし、結果も出してきたつもりだ」  確かに、この人はそういう人だ。周囲を納得させる力を持っている。 「柊斗はそういうの、無かった?」 「オレは……」  小学生の頃を思い出す。父が現役のプロサッカー選手であり、その父の所属するチームが運営するクラブチームに籍を置くとなれば、当然コネがどうのと言われた。 「6年だけで3チーム作れるほどいたんですけど、6年を差し置いて4年のオレが試合に出ていました」 「周りに何か言われた?」 「言われましたね……やっぱ6年って最終学年なんで、納得いかない人もいるんすよ」  実力重視の人、上級生重視の人、在籍年数重視の人、みんな仲良く平等にって人、色々いるから必ず誰かが文句を言う。当時はクレームや嫌がらせもあった。だが、オレも認められるよう必死に頑張ったし、そうこうしているうちにαだと判明したので、6年になる頃にはコネだ何だと言う人はいなくなった。 「でも、実力があれば周囲は黙るだろ?」 「そうっすね」 「コネはきっかけにすぎない、だから凌も俺をどんどん使うべきだと思うんだ」  部長が割り箸を箸袋に戻し、箸袋の先をぱたんと折った。オレも最後の肉を口に放り込み、割り箸を折ると容器に入れて蓋をする。  ゴミを持ち帰ろうとしたが、部長が手で制したので甘えることにした。 「こいつはコネなんかなくても実力でレギュラーになりますよ」 「来年、再来年はそうだろうね」  部長がゴミをキッチンのゴミ箱に捨てる。オレは立ち上がり、頭を下げた。 「俺の我儘だけど、今年じゃなきゃダメなんだ……でも、チームにとってもプラスな話だろ?」  凌が入れば部長の士気が上がる、そうなればチームがより強くなる、って事らしい。  部長は世間のΩに対する評価、イメージというものをどこまで理解しているのだろうか。部長に文句を言う者はいなくても、その分あいつにきつく当たる者が出てくると、分からないのだろうか。  というか、凌の実力を信じる事はできないのか。 「信じて待ってあげないんですか?」 「より確実なものにしたいじゃないか」 「……やっぱ監督に、何か言ったんすね」 「判断したのは監督だよ」  部長がソファで眠るあいつを覗き込み、そっと髪を撫でる。その権利がなぜオレにないのかと、湧き上がる嫉妬に苛まれた。

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