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第23話

 覚えている。  全部覚えている。  夜中に発情期で目が覚めて柊斗を襲い、リビングのソファで何度も身体を重ねた。その後色々な液体で汚れまくった身体を洗おうってことになり、お風呂でまたして、そして寝室のベッドでまただ。  1つ残らず綺麗に覚えている。 「あぁぁあああ!」  布団の中で叫ぶ。  恥ずかしすぎて、柊斗とどんな顔をして会えばいいのかわからない。  コンコンと、ノックの音が響く。 「大丈夫か?」 「柊斗っ…あ、あのっ、昨夜はーー」 「謝るな、オレも謝らねぇし」 「でも……」 「ってかフェロモンやばいな……このままじゃ大事な話の前にまた始まっちまう」  想像してしまい、顔がかあっと熱くなる。 「鍵をかけろ、ドア越しに話すから」 「わ、わかった」  扉に駆け寄り、鍵をかける。  身体が痛むし腰も重い。その全ての感覚に昨夜の柊斗を思い出し、どきどきしてしまう。 「拒否反応は無かったのか?」 「え? あ、うん、それっぽいものは特に無いかも」  晴樹以外のαとはそういう事が出来なくなるはずなのに、僕の身体は全く拒否をしなかった。しいて言えば後頭部にたんこぶがあるけど……これは違う気がする。 「だとしたら外を歩くのは危険かもしれねぇし、オンライン診療にするか?」 「うん」  柊斗の提案に頷く。  何らかの原因で番が成立していないのだとしたら、発情期ど真ん中に抑制剤を飲まないΩが外を歩くだなんて、普通に捕まる。 「でも、やり方が分からない……」 「じゃあオレが準備するから、しばらく待ってろ」 「あ、ありがとう」  柊斗は僕のために授業を休んでくれた。そう言われたわけではないが、登校時間をとうに過ぎている今、こうして付き合ってくれているのだから、そういう事だ。  本当に何から何まで……感謝しかない。  手渡されたおにぎりを食べながら、連絡を待った。小一時間待って、少しウトウトしかけた頃、再び扉をノックされた。 「オンライン診療、繋がったぞ」  鍵を開けると、隙間から手だけがすっと現れた。スマホが握られている。それを受け取ると、画面には白衣の女性が写っていた。ビデオ通話になっていたので、慌てて画面に向かってお辞儀をする。 「よっ、よろしくお願いしますっ」 「初めまして、三日月クリニックの川村です」  白髪の、優しそうなおばあちゃん先生だ。僕は名前から始まり、聞かれた事に淡々と答えていった。 「何か気になっている事はありますか?」  最後にそう聞かれた。 「えっと、番がいるΩは、番じゃないαとはそのっ…、できないって聞いたんですけど、どうなんでしょうか……」  恥ずかしくて、どんどん声が小さくなっていく。だが、先生は丁寧に教えてくれた。  先生の話をまとめると、こうだ。  番ができたΩは、番のα以外との性交が難しくなる。拒否反応は嘔吐の症状が多いが、頭痛や蕁麻疹などの場合もある。個人差はあれど、性交どころではない状態になるという点は共通していて、拒否反応が出ないという例は今のところ無いらしい。  ただし、運命の番だけは例外だ。運命の番であれば拒否反応なく性交できるし、番の上書きも可能とのことだった。  運命の番、か。  まさか、でも、もしかしたら――。 「あの……運命の番かどうか、確かめる方法ってありますか?」  柊斗が運命の番だったら、なんて都合のいい夢を見ても良いのだろうか……でも、そうではないかと感じる部分があり、確かめたくなった。 「マーキングテストを利用すれば分かるかもしれませんね」 「マーキングテスト?」 「αのマーキングフェロモンで反応をみるんです。本来は発情期がなかなか来ないという方のための診断テストの1つなんですけどね、使えると思いますよ」  つまり、第三者αのマーキングフェロモンとやらを浴びて、拒否反応が出なければ晴樹との番は成立していない。拒否反応があれば柊斗は運命の番ってことか。  テストに興味があるなら病院へ足を運び、また改めて診察を受けるよう言われた。僕は先生にお礼を言って、スマホを柊斗に戻した。 *** 「うん、大丈夫そうだ」  柊斗が僕の首筋に顔を埋めて、フェロモンの確認をしてくれた。  正直、昨夜とても長い時間をかけて感じ続けたせいで、身体はかなり敏感な状態が続いている。柊斗の鼻先が首筋に触れただけで下半身がムズムズしてしまったのだが、そこは全力で堪えた。 「ありがとう」  無事に抑制剤が効いたようで、ほっと胸を撫で下ろす。  配達だと届くのが明日になるということで、柊斗が代わりに受け取りに行ってくれた。そのおかげで、今日飲むことができた。  テーブルの上にはお弁当が2つ。これを食べた後、僕が今まで抑制剤だと思っていたビタミン剤を飲む予定だ。 「食べるか」  柊斗がソファに座る。お弁当の置かれた場所から考えると、隣に座るのが自然なのだが……昨夜のことがチラついてしまい、恥ずかしくて座るのを躊躇った。 「……わりぃ、無神経だったな」  柊斗がお弁当を1人掛けソファの前へそっと移動させる。 「え、あ、いや、ごめん違くてっ」  慌ててお弁当を元の場所に戻し、隣へ座った。  顔が熱い。 「なんか思い出しちゃって恥ずかしくて……柊斗はそのっ、い、嫌じゃなかった?」  火照る頬に両手をあてて、赤くなるのを隠す。ちらりと柊斗を見ると目が合った。恥ずかしすぎて、すぐに目を逸らす。 「……嫌じゃねぇよ」  柊斗の声が優しく響く。 「おまえこそ、嫌だったのか?」 「嫌なわけないじゃん……」  首をブンブンと横に振り、俯いた。 「おまえを困らせたくねぇし、言うか迷ったけど言うわ」  ソファが軋む。  柊斗が身体を僕の方に向けたから、僕もなんとなく座り直した。 「オレはおまえが好きだから、昨日のことはむしろオレにとっては大事な思い出だ」  驚いて顔を上げると、柊斗の真剣な瞳と視線がぶつかった。 「おまえには部長がいる、それは分かってるし、それで幸せだって言うなら昨夜の思い出だけで充分生きていけるから、オレのことは気にすんな……今まで通り、友達でいてほしい」  悲しみを纏った笑顔に、胸が苦しくなる。 「あ、もちろん罪は償うというか……おまえの悩みや苦しみを増やすことだけはしたくない、だからどうしたいか教えてくれ」  柊斗はいつだって自分のことを後回しにする。バレーボールのプレーだってそうだ、もっとオレオレって前に出たらいいのにと、いつも思っていた。 「柊斗、僕っ……、僕は……」  好きだと言われて、嬉しいと感じた。それが僕の答えなんだと思う。  趣味が合う、食の好みが合う、話が合う……理由はいくらでも探せた。  柊斗は僕がΩだからと必要以上に甘やかすことはない、でもさりげなく助けてくれる。今回の事だって、柊斗がいなければどうなっていたか――。  仕舞い込んだはずの気持ちが溢れ出した。 「僕は晴樹と番になった時、発情期の煩わしさから解放されて、バレーボールに集中できるしラッキーだ、メリットしかないって思った」  涙が出そうになる。下を向いたら溢れるから、顔を少しだけ上に向けて耐えた。 「晴樹のことは昔から憧れていたし、仲良いし、別に何も問題ないと思ってたけど……今すごく後悔してる」  でも無駄だった。瞬きで決壊したため、僕はそれをTシャツの裾で拭った。 「だから病院も母も、学校の先生だって、しつこいくらい番はじっくり考えろ、噛まれるなって言ってたんだよね……僕は馬鹿だ」  柊斗を見上げる。 「好きです」  言ってしまった。無責任だと、口にするべきではないと思うより先に言葉が出てしまった。 「こんな番のいるΩに言われても困るかもしれないけど……ごめん、僕も柊斗のことが好きです」  柊斗が身を乗り出し、片手をソファの背もたれに乗せる。もう片方の手は、僕の顎を上向けるのに使われた。そのまま唇が重なり、気がつけば抱きしめられていた。 「両想いじゃん」  おでこをくっつけて、柊斗が微笑む。 「うん、両想いだ」  僕も泣きながら笑った。

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