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第24話★★

 両想いだからお付き合い、めでたし! とはいかない。だって現状、僕は二股野郎だ。  柊斗は部活に行ったが、僕は念のため休んでいる。柊斗の部屋で、これからの事を考えていた。  昨夜は嘘をついて柊斗の部屋に泊まったけれど、今日もというわけにはいかない。スマホに色々メッセージが来ているし……遅かれ早かれ晴樹と話す事になるなら、地方大会も近いし、早い方がいい。  今夜は晴樹と話をすると、柊斗にメッセージを送る。そして、部屋を後にした。 *** 「体調、大丈夫?」  晴樹が帰ってきた。心配そうな表情を浮かべて、僕の額に手のひらをあてる。拒否したことなんて1度もなかったのに、僕は顔を背けた。 「ねぇ晴樹、少し話したい」  リビングの、いつもの席に座る。晴樹も対面に座った。 「どうした?」  僕は黙ってテーブルの上に薬を置いた。抑制剤と、ビタミン剤だ。 「……」  晴樹がそれを見た時、僕は晴樹を見ていた。どんな顔をするのか知りたかったからだ。怒るのか、笑うのか、開き直るのか、それとも、言い訳をするのか、しらを切るのか……どれでもなかった。  すごく、悲しそうな顔をしていた。 「……前にも言ったけど、発情期を利用するつもりはなかった」  晴樹はゆっくりと口を開いた。 「じゃあなんで、僕を騙したの?」 「……最初は本当にわざとじゃなかった、ただ、すぐその間違いに気づいたけど、止められなくて」  晴樹が薬を手にとる。紙袋がかさりと音を立てた。 「これ、どうしたの?」 「病院で貰ってきた」 「体調悪いんだったよね……もしかして、発情期がきてる?」  目が合った瞬間、ぞくっと背筋が粟立った。 「う、うん……でも薬がちゃんと効いてるから大丈夫……」  気迫に押されて答えると、晴樹は薬を持ったまま寝室へ向かって歩きだした。 「おいで」  意図が読めず、仕方なく後に続く。  サイドテーブルに薬を置くと、晴樹は制服のジャケットを脱ぎ、その脇にある椅子の背もたれに投げた。 「最後に薬を飲んだのは、いつ?」 「お昼に――」  言って気づく。そろそろ飲まないと危険だ。 「ねぇ晴樹、薬を飲むから……あっ!」  晴樹が薬を隠すように立つ。返してもらおうと近づけば、その腕の中に抱き込まれてしまった。 「ち、ちょっ」 「凌、これ……どうしたの?」  晴樹の指先が、僕の首筋を撫でる。 「こ、これって?」 「キスマークがついているように見えるけど、気のせい?」 「えっ……」  赤面し、慌てて手で隠す。見ないと分からないが、身に覚えはある。  昨夜のことを素直に話すべきか、隠すべきか……僕は目を泳がせた。だから、バレバレだったのだろう。晴樹は目を見開き、目じりに涙を溜めた。 「ねぇ凌、君の番は誰?」  僕は、晴樹を傷つけてしまったことにショックを受けた。  晴樹も悪いけれど、僕にだって悪いところがある。だから、目の前で苦しむ晴樹を見たら、普通に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまったのだ。 「僕の番は晴樹だけど――」  僕の番は晴樹だけど、以前のような先輩後輩の仲に戻りたい。  そう伝えようとした。  けれど遮られてしまい、言葉に出来なかった。 「なっ……」  晴樹はネクタイを外し、僕の両手首を前で交差させて縛った。そのままベッドに押し倒される。見上げると、晴樹がベルトを引き抜いて微笑んだ。 「晴樹! ねぇ、なんで……」 「分かってほしいからだよ」  ベルトをネクタイに通して頭上に引っ張ると、ベッドの装飾に固定した。 「ねぇこれ解いてっ」 「うん、あとでね」  晴樹はサイドテーブルの引き出しに薬をしまうと、鍵をかけた。  そして、汗を流してくると言い残し、寝室から出ていった。 ***  装飾なんて、文字通り飾りだ。木製だし、簡単に壊せると思っていたけれど、びくともしない。  そうこうしているうちに、じわじわと変化が訪れる。さっきまで少し痛いと思っていた手首が、快感を生み出し始めた。  身体の奥が疼く。  自身のそこを触りたいのに触れなくて苦しいし、身を捩れば熱っぽい吐息が漏れた。  ぐちゃぐちゃになりたい。欲しくて欲しくて、頭がおかしくなりそうだ。でも縛られて何も出来なくて、僕はとうとう泣きだした。 「ごめん、待たせすぎたね」  濡れた髪を拭きながら、晴樹は現れた。上半身には何も身につけておらず、逞しいその身体に目が吸い寄せられる。  晴樹が壁に手を伸ばすと、パチンという小さな音と共に、間接照明がオレンジ色の空間を作り出した。柔らかな明かりが僕達を包み込む。 「こんなに泣いて……凌は泣き虫だよね」  歩み寄り、指先で僕の涙を拭う。  晴樹が僕に触れた、それだけで全身が甘く痺れ、身体がびくんと跳ねた。 「んぁっ」 「どうしたの? まだ何もしていないのに」 「だっ、て……い、いやだ……んんっ」  唇が重なる。  絡みつく舌に、脳が溶かされる。身体が思うように動かせないため、与えられる快楽をただただ受け止めるしかなかった。嫌なのに、身体から力が抜けて、何も考えられなくなっていく。 「ねぇ凌、君の番は誰?」  晴樹が僕の先端をぐにぐにと指先でいじめる。もっと思いっきり扱いてほしくて、もどかしさにとろとろとした液が溢れ出す。 「ね、…はるっ、い、いじわるしなぃでっ……」  泣きながら見上げる。 「質問に答えて? ほら凌、君の番は誰だ?」 「ぼく、の…つが、ぃ……はっ」 「そう、君の項を噛んだ人だよ」  やわやわと扱かれながら、必死に言葉を紡ぐ。 「は、るきっ…、っ……」  僕の項を噛んだのは晴樹だ。だから晴樹と答えた。そう答えれば、このもどかしさから救ってもらえると、無意識に理解していたのかもしれない。 「凌は誰が好きなの?」 「はるきぃ……」 「俺が、なに?」 「す、すきっ、はるきが…すき、っ……」  晴樹の手の動きに合わせて腰を揺らす。晴樹はクスッと笑い、動きを早めた。 「あっ、やぁ…だ、だめいくっ……あぁぁ!」  あっさりと絶頂を迎える。荒い息を必死に整えていると、ベルトが外された。まだネクタイはそのままなので動きづらいが、手を下げられたのは嬉しかった。 「これ、柊斗の仕業かな?」  晴樹が首筋を撫でる。おそらくそこにキスマークがあるのだろう。 「し、しらない……あうっ!」  晴樹が首筋を吸う。 「上書きだけじゃ足りないね、今まで遠慮していた分もつけようか」  首から始まり、肩や胸など、あちこち吸われる。チリっと甘い感覚に酔った。 「凌は俺のだって、たくさん印つけてもいいよね?」  僕が頷くと、晴樹は嬉しそうにキスを落とした。 ***  発情期に番を前にして、抗えるわけがない。それでも、僕が悪いのだということは分かっている。  昨日、柊斗に好きだと言った僕は、次の日には違う男に抱かれたわけだ。  最低だ。  幾度となく晴樹に抱かれて、晴樹が好きだと言葉にして……心が壊れていく。胸の奥が、ずっと苦しいままだった。

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