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第26話★★

「何の相談もなしに、悪かった」  部屋に戻るなり、柊斗は僕を抱きしめた。 「相談出来る状況じゃなかったし……来てくれて嬉しかった」  柊斗の胸元に顔を埋める。  会えない時間がとても長く感じた。今こうして一緒にいることにまだ現実味がなく、どこかふわふわする。 「ってかこれ……大丈夫か?」  柊斗が手首の痣に気付き、そっと撫でた。 「大丈夫」 「どこか痛むところは無いか?」 「意外と元気だから」  身体があちこち重いし、筋肉痛もある。だけど、柊斗の匂いを嗅ぐと心が落ち着いた。 「そうか……薬はまた明日貰ってくる」 「うん、ありがとう」  どちらからともなく唇を寄せる。頭の奥が痺れるようなキスに、思わず声を漏らした。  柊斗が僕を抱き上げて、寝室へ向かう。 「これ以上はダメだ……一緒にいてやりたいけど、今日は別々で寝よう」  そっとベッドに降ろされる。見上げると、柊斗の肌はうっすらと赤く染まり、瞳の奥は甘く揺らめいていた。 「今日は一緒にいたい」 「まだフェロモンが結構キツいっつーか……今のおまえは抱けねぇし」 「そうだよね、僕は汚いから……ごめん」 「違う! 痛々しいんだよ。今日はゆっくり休んだ方がいい」  そう言って、優しい手つきで僕の髪を梳く。大事にされていると感じた。でも今は、激しく求められたい。  柊斗の手を握る。 「抱いてよ、僕は柊斗でいっぱいになりたい」  潤んだ目で見つめると、柊斗の顔は官能的で色っぽいものに変わっていった。 「おまえ、オレを煽るのが上手いな」  そう言って、舌先で唇をこじあける。すぐにキスが濡れた音をたて始め、言葉なんていらない世界になった。  柊斗の頭を抱え込み、快感に震える。  全身を丁寧に、じっくりと愛撫されると、柊斗のことしか考えられなくなった。  柊斗を求めて身体が火照り、脚をもじもじと擦り合わせる。恥ずかしい箇所がひくつき、耐え切れないほど疼いていた。 「ねぇ…、も、がまんでき、なっ……」  柊斗の限界まで張り詰めたそれを自ら後孔にあてがい、おねだりをする。望み通り最奥を貫かれると、甘い快楽が全身を駆け巡った。 「凌、すげぇいい顔してる」 「んっ…っ……っぁっ……」 「身体、つらくないか? 大丈夫か?」 「だいじょ、ぶ…んぁっ、き、きもち……んんっ」  肌と肌がぶつかる音に、止められない喘ぎ声と柊斗の息遣いが混ざる。部屋中に響く卑猥なそれが、興奮をより一層かき立てた。  やがて体位を変えて後ろから突かれると、首筋に降るキスにΩの本能が騒ぎだす。 「噛んでほしいっ……」  柊斗の舌が項を這う。僕は噛まれたかった。噛まれたくて、何度もお願いした。 「ねぇしゅうとっ…噛ん、かんでよっ」 「凌、愛してる……」  耳元で、たくさんの愛を囁いてくれる。でも、項に触れる唇は、僕を噛むことはなかった。 ***  次の日の朝、ソファに並んで朝食を摂った。サーモンとアボカドのベーグルサンドは美味しいけど重たくて、全部は食べられない。まだ本調子じゃなさそうだった。 「なんで噛まないの?」 「ちゃんと噛んでるし」  口をもぐもぐさせながら柊斗が言った。 「そうじゃなくて、僕の項」 「別に、急ぐ必要ないだろ」 「そうだけど……」  僕は柊斗だけのものになりたいのに。なんだか少しだけ寂しさを感じて、そっと項に手をあてた。 「ってか朝イチで病院行ってくるから、薬飲んだら部活に顔出すか?」 「どうしよう……行きたいけどフラフラするし、午後の体調次第だな」 「分かった」  発情期で衰えた筋肉を取り戻すのに、時間がかかる。だから、薬が効くなら1日も早く復帰をして、地方大会までに元の身体に戻したいと思っている。  晴樹の前でどんな顔をしたら良いのかも分からないくせに、もう部活に行くことを考えている自分に苦笑した。  突然、部屋にノックの音が響く。  柊斗がドアを開けると、登校前の那央也さんが立っていた。 「おはよー! 入ってもいい?」 「どうぞ」  僕に向かってまっすぐ歩いてきた那央也さんは、ポケットからガサガサと音をたてて何かを取り出す。 「ん、晴樹さんから」 「ありがとうございます……」  それは、発情期の薬だった。 「病院行かずに済んだな。それ、昼から飲めよ」  柊斗はそう言って、登校の準備を始めた。僕はそれを横目に那央也さんと話す。 「晴樹、あの後大丈夫でしたか?」 「大丈夫なわけないじゃん」 「そう……ですよね」 「っつーかよくも俺を置いていってくれたよな? 俺、あの後弁当3つ食べたんだぞ?」 「えっ!」  柊斗と顔を見合わせる。  この件は、取りに戻れる雰囲気でもなかったし、柊斗の部屋に着いたら夕飯どころではなくなってしまったし、すっかり忘れていた。まさか那央也さんが胃袋に片付けてくれていたとは。 「米はちょい残した。魚だしテンション上がらねーと思ったけど味噌煮って美味いよね、何だかんだでペロリだよ」  えへへっと笑う。  晴樹と食べたのか、部屋に持ち帰って食べたのか。そんな事はどうでもいいので深掘りはしないけれど。  僕も柊斗も黙って那央也さんの言葉を待った。 「ってかさ……」  突然、那央也さんが僕の顎に手を添えて、軽く左右に振った。顔が近くて恥ずかしいし、値踏みするような視線の意味が分からない。  柊斗はネクタイを結ぶ手を止めて、那央也さんの手を掴んだ。 「なんですか?」 「いやぁ、αの中でもずば抜けて有望視される晴樹さんが夢中になったのがコレかぁと思って」  那央也さんに悪気はないと思う。が、柊斗は睨んだ。 「良い意味で地味っつーか、このくらいがちょうどいいのかもなー、良い意味で頭悪いから可愛いしな」 「……那央也先輩、良い意味でって言えば何でも許されると思ってます?」 「いやいや、褒めてるじゃん」  那央也さんが笑う。冗談の通じない柊斗は基本的に面白くなければ無視をするタイプなのだが、僕のことを悪く言われるのは我慢ならないらしく、機嫌が悪い。そんな柊斗を見て、僕は少しだけニヤけてしまった。 「柊斗、僕のテストの点数知ってるでしょ? 普通にバカだし、地味だ」 「バカは認めるけど地味じゃねぇし、天使だし」 「えっ!?」  僕は驚き、那央也さんは吹き出した。 「天使かぁぁ! じゃあ仕方ないな! そりゃあモテモテだよな、凌!」  那央也さんが笑いながら玄関へ向かう。柊斗も鞄をつかみ、後に続いた。 「おじゃましました、っと!」 「凌、部活前に1度戻るから、それまでゆっくり休めよ」 「うん、いってらっしゃい」  靴を履く2人に手を振る。  ドアが閉まると、一気に静かになった。

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